【行政情報】知的財産推進計画2026が公表~AI時代における「創造・保護・活用」と日本の成長戦略
- 那住行政書士事務所

- 17 時間前
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令和8年6月12日、政府の知的財産戦略本部は「知的財産推進計画2026」を公表しました。
知的財産推進計画は、毎年策定される政府の知財政策の基本方針です。しかし、その位置付けは単なる行政計画ではなく、今後の法改正や制度設計、予算措置、さらには各省庁が取り組む施策の方向性を示すものです。日本の知財政策における最上位の政策文書の一つといえます。
今回の計画を読み進めると、政府が知的財産を単なる権利保護制度としてではなく、日本の成長戦略そのものとして位置付けていることがよく分かります。
計画本文では、
「知財・無形資産は企業の稼ぐ力、ひいては、日本の成長力の源泉であり、我が国企業の企業価値向上や競争力強化、我が国経済の持続的な成長のため、知財・無形資産を企業の経営戦略及び国家戦略の中核に据えることが急務である」(知的財産推進計画2026 Ⅱ「知財戦略の今後の方向性」2.今後の方向性、4頁)
と述べています。
この一文こそが、知的財産推進計画2026全体を貫く基本思想であるといえるでしょう。
知的財産は企業経営そのものであり、研究開発政策であり、産業政策であり、経済安全保障政策であり、そして文化政策でもあります。
今回の計画では、
知的財産の「創造」
知的財産の「保護」
知的財産の「活用」
新たなクールジャパン戦略のフォローアップ
という四つの柱が掲げられています。
それぞれの内容を見ていくと、政府がどのような未来を描いているのかが見えてきます。
「創造」――知的財産を生み出す力をどう維持するか
知財戦略においてまず重要なことは、当然ながら「創造」です。
どれほど優れた保護制度を整備しても、新しい技術やコンテンツが生まれなければ知的財産政策は成立しません。その意味で、「創造」は知的創造サイクルの原点です。
今回の計画では、日本の研究開発力に対する強い危機感が示されています。
本文では、
「過去20年間以上、主要国における研究開発費は増加している一方で、日本の研究開発費総額は伸び悩んでいる」(知的財産推進計画2026 Ⅲ知財戦略の重点施策 1知的財産の「創造」(1)知財・無形資産への投資による価値創造、8頁)
と指摘されています。
さらに、
「近年では研究開発活動のグローバル化が進み、2010年以降、海外への研究開発投資が倍増するなど、研究開発の海外シフトが顕著になっている」(同8頁)
とも述べられています。
これまで日本は「技術立国」と呼ばれてきました。自動車、家電、精密機械、素材産業など、多くの分野で世界をリードし、その強さの源泉となっていたのが研究開発力でした。しかし現在は状況が大きく変化しています。アメリカはAIやバイオテクノロジーを中心に巨額の投資を続け、中国は国家主導で先端技術開発を進めています。韓国や台湾も半導体分野などで存在感を高めています。そうした中で、日本企業の研究開発拠点が海外へ移転し、日本国内で新しい技術や知的財産が生み出される力そのものが弱まることを、政府は強く懸念しているのです。
こうした点を政府としても認識しており、今年3月に策定された第7期「科学技術・イノベーション基本計画」(令和8年3月27日閣議決定)においては、今後5年間で官民合わせて180兆円規模の研究開発投資を目指しています。
こうした計画を踏まえ、知的財産推進計画2026においては、「知財・無形資産」を重視し、投資を促し、「製品・サービスとの差別化や付加価値向上につなげる経営の浸透」が謳われています。
知的財産や無形資産の活用を企業経営の中心に据えようという発想です。
知的財産推進計画2026では、有価証券報告書や統合報告書における知財・無形資産の開示の在り方についても検討するとしています。中小企業や個人事業者にとっても、自社の強みを知的資産として整理し、それをどのように事業価値へ転換していくかが重要になることを意味しています。
そして創造の分野で忘れてはならないのがAIです。
知的財産推進計画2026では、
「AIの積極的な利活用を通じ、創造力と労働力を補完し、産業構造をアップデートしうる決定的なチャンスが到来している」(Ⅱ知財戦略の今後の方向性 1.基本的な認識、3頁)
と述べています。
人口減少が進む日本において、AIは単なる便利なツールではありません。
研究開発を加速し、創作活動を支援し、新しい知的財産を生み出す基盤として期待されているのです。
「保護」――AI時代における知的財産保護の再構築
今回の計画で最も注目を集める分野の一つが「保護」です。その背景にあるのは、生成AIの急速な発展です。
知的財産推進計画2026では、
「生成AIの急速な社会実装は、産業構造、労働市場、人々の生活、価値観に至るまで、あらゆるものに大きな変革をもたらすほどのインパクトを有している」(Ⅱ 2.今後の方向性、5頁)
と評価しています。
AIの進化は大きな可能性をもたらす一方で、著作権や知的財産制度に新たな課題を投げかけています。
そこで知的財産推進計画2026では、
「生成AI技術の進歩の促進と知的財産権の適切な保護の両立に向け、権利者や利用者にとって安全・安心な利用環境を確保することを目的として、「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード」(仮称)を制定」(Ⅱ 2.今後の方向性、6頁)
するとしています。
注目すべきは、政府が単に権利保護を強化するのではなく、「生成AI技術の進歩の促進と知的財産権の適切な保護の両立」を掲げていることです。
さらに、
「クリエイター等への対価還元を促す枠組みの構築を促進する必要がある」(同6頁)
とも述べています。これは今後の著作権制度や産業財産権制度に大きな影響を与える可能性があります。
また、今回の計画では経済安全保障の観点からの知財保護も重視されています。
本文では、
「我が国の知的財産や機微技術の保護と創造の両立」(Ⅱ 1.基本的な認識、3頁)
の必要性を強調しています。
そして、
「経済安全保障に直結する先端技術における技術開発競争が一層激化するなど、 経済安全保障をめぐる課題が複雑化する中で、知的財産の侵害抑止の実効性 を高め、侵害が生じた際に迅速かつ適切に紛争を解決できる環境整備が不可欠 である。」 (Ⅱ 2.今後の方向性、6頁)
とした上で、
「損害の回復と侵害者利益の剥奪を確実にする民事救済措置」(Ⅱ 2.今後の方向性、6頁)
についても検討するとしています。
知財侵害に対する抑止力を高め、権利者が適切に保護される環境を整備しようという方向性が明確に示されています。
「活用」――知財を収益へ変える発想
今回の知的財産推進計画2026で特に印象的だったのは、「知的財産をどう守るか」だけではなく、「知的財産をどう稼ぐ力に変えるか」という視点が非常に強く打ち出されていることです。
従来の知財政策では、特許出願件数や権利取得件数が成果指標として語られることが少なくありませんでした。しかし、どれほど多くの特許や著作権を保有していても、それが事業成長や収益拡大につながらなければ企業価値の向上には結び付きません。
そのため今回の計画では、「権利を取得すること」よりも、「権利を活用すること」に重点が置かれています。
知的財産推進計画2026では、
「産学連携による社会実装の推進」「スタートアップ支援」「新たな国際標準戦略の推進」「データ流通・利活用環境の整備」
が掲げられています。これらはいずれも、研究成果や知的財産を市場へ届けるための仕組みづくりといえます。
例えば大学や研究機関では優れた研究成果が数多く生み出されていますが、それが実際の製品やサービスとして社会実装されるとは限りません。研究成果を特許として取得するだけでなく、企業との連携やスタートアップ創出を通じて事業化し、社会的価値や経済的価値へ転換していくことが求められています。
また、スタートアップ支援が重視されている点も興味深いところです。近年では、革新的な技術やビジネスモデルを持つスタートアップが新たな市場を切り開くケースが増えています。しかし、資金や人材が限られるスタートアップにとって、知財戦略は必ずしも十分に整備されているとはいえません。
そこで知的財産推進計画2026は、知財を活用した資金調達や事業拡大を後押しし、日本発のイノベーションを成長産業へ育てようとする方針が明確に示されています。
その背景には、
「知財・無形資産の戦略的な『創造』『保護』及び『活用』を図ること、より具体的には、その創出、取得、強化、保護、収益化に戦略的に取り組んでいく必要がある」(Ⅱ 2.今後の方向性、5頁)
という考え方があります。
ここで注目したいのは、「収益化」という言葉が明確に使われていることです。
知的財産は取得して終わりではなく、ライセンス収入を得る、共同研究につなげる、自社製品の競争優位性を高める、ブランド価値を向上させるなど、さまざまな形で企業の利益に結び付けることが期待されています。
この「活用」の分野で特に注目したいのが国際標準戦略です。
計画では、
「需要・市場創出に向けた国際標準化をビルトインし、成長戦略と一体的に国際標準戦略を推進する必要がある」
(Ⅱ 2.今後の方向性、6~7頁)
としています。
国際標準というと専門的な話に聞こえるかもしれませんが、その本質は「市場のルールを誰が決めるのか」という問題です。
例えば通信規格やデジタル技術の分野では、標準として採用された技術が世界中で利用されることになります。その技術に関連する特許を保有していれば、ライセンス収入を継続的に得ることができますし、市場における優位性も確保しやすくなります。
つまり、単に優れた技術を開発するだけではなく、その技術を国際標準へ組み込むことができれば、より大きな経済的価値を生み出せるのです。
これは単に特許を取得するだけではなく、市場のルールそのものを形成する側に回るという発想です。欧米や中国が積極的に進めている戦略でもあり、日本も本格的にその競争へ参加しようとしていることが分かります。
さらに近年では、データそのものが重要な経営資源となっています。AI開発やデジタルサービスの競争力は、どれだけ質の高いデータを収集・活用できるかによって大きく左右されます。そのため計画では、データ流通や利活用環境の整備も重要なテーマとして位置付けられています。知的財産というと特許や著作権を思い浮かべがちですが、今後はデータやノウハウ、ブランド、人的資本といった無形資産全体をどのように活用するかが企業価値を左右する時代になっていくのでしょう。
そう考えると、この「活用」の章は単なる知財政策ではなく、日本企業の稼ぐ力をどう高めるかという産業政策そのものを語っているようにも見えてきます。
「クールジャパン」――文化政策から成長産業政策へ
知的財産推進計画2026の特徴の一つが、クールジャパン戦略が独立した柱として大きく取り上げられていることです。「2024年の日本発のコンテンツの海外市場規模の合計は6.1兆円に達する」としています。さらに、「我が国のコンテンツ産業やクールジャパン関連産業は大きく発展し、我が国の基幹産業として強みを発揮している」と評価しています。
この点は、近年の日本経済を考える上でも非常に重要です。
日本は長らく製造業を中心に成長してきましたが、人口減少や国内市場の縮小が進む中で、海外市場から収益を獲得できる産業の重要性が高まっています。その中で、アニメや漫画、ゲームをはじめとするコンテンツ産業は、比較的少ない資源で世界市場へ展開できる強みを持っています。
実際、日本のアニメ作品は世界各国で配信され、ゲームはグローバル市場で高い評価を受けています。漫画は翻訳出版だけでなく電子配信によって国境を越えて読まれるようになり、日本発のキャラクターやストーリーは世界中で消費されています。
こうした状況を踏まえると、クールジャパンは単なる文化発信政策ではなく、知的財産を核とした輸出産業政策としての意味合いを強めているといえるでしょう。
かつてクールジャパンは文化振興政策として語られることが多くありました。しかし今回の計画では、コンテンツ産業を明確に経済成長のエンジンとして位置付けています。
本文では、
「2033年までに海外市場規模を20兆円とする政府目標を達成するため、コンテンツ分野官民投資ロードマップの着実な推進を図る」(Ⅱ 2.今後の方向性、7頁)
としています。
現在の6.1兆円から20兆円という目標は、単純計算でも3倍以上の成長を意味します。そのためには、優れた作品を生み出すだけでは足りません。制作体制の強化、人材育成、海外展開支援、資金調達環境の整備、海賊版対策、ライセンスビジネスの高度化など、多面的な施策が必要になります。
また、コンテンツ産業の特徴は、一つの知的財産が多様な市場へ展開できる点にあります。
例えば人気アニメであれば、映像配信だけでなく、漫画、ゲーム、音楽、グッズ、イベント、観光、さらには海外でのライセンス事業へと発展します。知的財産を中心として複数の産業が連動し、大きな経済効果を生み出すのです。今回の計画が知的財産政策の中でクールジャパンを重視している背景には、このような知財活用モデルへの期待があると考えられます。
また、
「政府は大胆な政策パッケージにより大規模・長期・戦略的な官民投資を推進し、成長投資を拡大することが必要である」(同7頁)
とも述べています。
ここで注目したいのは、「長期・戦略的」という表現です。
コンテンツ産業は短期間で成果が出るものではありません。優れたクリエイターの育成には時間がかかり、作品が世界的なブランドへ成長するまでにはさらに長い年月を要します。そのため政府は、単発の支援策ではなく、継続的な投資によって産業基盤そのものを強化しようとしているのです。
アニメ、漫画、ゲーム、音楽、映像、キャラクター、観光、食文化など、日本が世界に誇る文化的資産を「稼ぐ力」へ転換していこうという発想です。
そして、その根底にあるのは、文化と経済を対立するものとして捉えるのではなく、文化的価値を適切に保護しながら経済的価値へ結び付けていくという考え方です。
知的財産推進計画2026におけるクールジャパン戦略は、日本の魅力を世界へ発信する政策であると同時に、日本の将来の成長産業を育てるための国家戦略として位置付けられているといえるでしょう。
まとめ
あらためて知的財産推進計画2026は、単なる知財政策ではありません。研究開発政策、AI政策、産業政策、経済安全保障政策、文化政策を横断する国家戦略です。
今回の計画を一言で表現するなら、「知財を守る時代から、知財で成長する時代へ」ということになるでしょう。
クリエイターも、企業も、研究者も、地域事業者も、それぞれが持つ知的財産をどのように活かしていくのか。
今後も動向に着目しつつ、私個人としては「法務分野」において、知財の利活用にどのように寄与できるか、考えていきたいと思います。
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