【著作権】AI利活用における民事責任の在り方について~経済産業省・AI利活用における民事責任の在り方に関する研究会の議論について~
- 那住行政書士事務所

- 8月23日
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2025年8月19日、経済産業省は「第1回 AI利活用における民事責任の在り方に関する研究会」をオンラインで開催しました。本研究会は、急速に進展するAI技術が社会にもたらす便益と同時に顕在化するリスク、とりわけ事故発生時の民事責任の所在に焦点を当てたものです。
生成AIや自律的なロボティクスの登場により、AIはサイバー空間にとどまらず、現実世界の物理空間へも影響を及ぼし始めています。その一方で、AIの「自律性」や「ブラックボックス性」により、従来の不法行為法や製造物責任法をどのように適用すべきかが明確ではなく、企業が事業へのAI導入にあたり、導入を躊躇する要因にもなっています。
本記事は、上記会議で当日配布された資料をもとに、研究会の趣旨と背景、議論の方向性、今後の展開予測、そして事業者への影響を考察してみたいと思います。
第1回 AI利活用における民事責任の在り方に関する研究会に関する資料等
1.研究会の設置と議論の方向性
AIはビジネス、行政、医療、教育など多様な分野に浸透し、社会の基盤を支える存在となっています。特に生成AIの普及は、従来は一部の大企業や専門家に限られていたAI活用を、広く一般企業や個人にも可能にし、多くの人々が利用できる環境を整えました。
しかし、利用の拡大に伴い以下のようなリスクが指摘されています。
知的財産権侵害(生成物が著作物を侵害する可能性)
偽情報・誤情報の拡散(フェイクニュースや虚偽コンテンツの生成)
物理的事故(自動運転や医療機器などにおける故障や誤作動)
責任の不明確化(AIの判断が人間の行為とどのように法的に評価されるかが曖昧)
これらを受け、政府はソフトローとして「AI事業者ガイドライン」を策定しました。
ここで言うソフトローとは、新たに法律を整備するわけではなく、政府や利害関係者が「ガイドライン」などの一定の基準を示すことで、事業者や社会に行動規範を提供する仕組みを指します。法的拘束力はありませんが、裁判や契約実務の参考となり得ることから、事実上の基準として作用する場面があります。他方で、立法措置を伴わないため法的安定性を欠き、裁判所の判断を拘束するものではないとの限界も指摘されています。
「AI事業者ガイドライン」について考えれば、このガイドラインにおいては、ガイドラインと民事責任の関係が整理されていないことが課題となっていました。
責任の所在が不明確なままでは、企業はAI導入を躊躇し、結果として日本企業の競争力低下を招く恐れがあります。そのため、予測可能性の向上と事故処理の迅速化を目指すことが研究会設置の直接的な契機となりました。
▼問題点の整理
ー法的枠組みの曖昧さ
現行の民法や製造物責任法はAI特有のリスクを前提とはしておりません。現時点で研究会では以下のような論点が顕在化しているとしています。
・不法行為法(民法709条)に基づく過失責任の判断基準をAIにどう適用するか
・製造物責任法における「欠陥」の有無をAIシステムにどう評価するか
・契約責任と第三者被害との切り分け(契約効力は当事者間にしか及ばないため、第三者は不法行為法・製造物責任法に依拠)
―ガイドラインと責任論の接合
AI事業者ガイドラインは安全性や透明性などの指針を定めていますが、これが責任判断にどのように反映されるかが明確ではありません。研究会では、この「ソフトロー」と「ハードロー」の関係整理が重要テーマとなっています。
▼想定事例を通じた民事責任の検討
研究会では、AIの責任を抽象的に論じるのではなく、現実に起こり得る具体的な事例を想定し、その場面ごとに民事責任の所在を検討するアプローチが取られています。これは、AIの利活用に伴う事故やトラブルが多様化している中で、法律の適用や責任分担の方向性をわかりやすく示すために不可欠な手法といえます。
以下、資料の構成に沿って説明します。
―想定事例1:判断補助AI(通常業務)
◆具体的説明
企業や組織の通常業務において、AIが人間の判断や行為を補助するケースです。典型例は以下のとおりです
・チャットボットAIを顧客対応に活用するケース
→ AIの回答をサービス内容に組み込み、顧客に提供する。
・画像生成AIによる出力を、自らの作品として公表するケース
→ AI生成物を自己の行為に取り込む。
このように、人間が最終的に判断・行為を担いつつ、そのプロセスにAIを利用している場面が想定されています。
◆論点
・最終責任の所在:原則として利用者が責任を負うが、AIの設計や提供に瑕疵があれば開発者・提供者の責任も問題となる。
・過失の有無:利用者の監督体制や、提供者の学習データ・アルゴリズムの適切性が問われる。
・契約責任と第三者被害の切り分け:契約当事者間は契約責任で整理される一方、顧客など第三者への責任は不法行為法や製造物責任法で判断される。
―想定事例2:判断補助AI(専門業務)
◆具体的説明
専門的な知識や技能を要する分野でAIを活用し、人間の判断を補助するケースです。
・医療分野で診断補助AIを用いるケース
→ 内視鏡検査でAIが画像を解析し、がんの可能性がある部分をハイライト表示。医師がそれを参考に診断する。
・審査業務にAIを活用するケース
→ 膨大なデータをAIが処理し、審査の効率化・迅速化を実現。
また、この「想定事例2」にはさらに広く、AIが自律的に判断・行為を実行するケース(自律的判断AI)も含められています。
・取引実行AI:AIが自ら判断して金融取引を実行し、経済的損失が生じる場合。
・機械制御AI:AIが空間認識や制御を行い、機械を動かした結果事故が発生する場合。
◆論点
・専門職の注意義務:医師など専門家がAIをどの程度信頼できるか、AI出力を過信した場合の責任はどう評価されるか。
・提供者・開発者の責任:学習データの偏りやアルゴリズム設計に瑕疵があれば製造物責任法の「欠陥」として問題となり得る。
・自律的判断AIに特有の問題:人間の判断を介さずAIが行為を実行した場合、利用者・開発者・提供者のいずれが責任を負うのか不透明。ブラックボックス性により原因究明が困難で、過失か欠陥かの切り分けが難しい。
・迅速な被害救済:裁判が長期化しやすいため、被害者救済を円滑にするための責任ルールの整備が必要。
想定事例1では比較的軽微な業務補助のAI利用が対象となるのに対し、想定事例2では専門性の高い業務や自律的AIまで含め、より責任の所在が複雑になる点が議論の焦点とされています。
2.予想される方向性
◆ リスクベースアプローチの導入
AI事業者ガイドラインでも強調されているように、「リスクベースアプローチ」が責任論においても採用される可能性が高いと考えられます。これは、AIがもたらすリスクの 重大性(被害の大きさ) と 蓋然性(発生する確率) をあらかじめ把握し、その程度に応じて求められる注意義務や責任範囲を調整するという考え方です。
例えば、
・チャットボットの誤案内のように影響が軽微で修正が容易なケース
→ 利用企業が一定の監督義務を果たしていれば、責任は限定的。
・医療AIや自動運転のように人命に直結する高リスク分野
→ 開発段階でのデータ精査、提供時の説明義務、利用時の監督義務など、複数主体に重い責任が課される。
この考え方により、事業者は過度な負担を避けつつ、社会的に受容可能な責任体制を整えることができます。
◆責任準則の策定
最終的には、経産省が過去に公表した「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」と同様の形で、AIに特化した責任準則がまとめられるのではないかと考えます。
この準則は法的拘束力を持たない「ソフトロー」ですが、事業者が契約書を作成する際やトラブル防止のための社内規程を整える際に参照する「標準モデル」として機能します。
・AI利用契約における責任分配条項の参考例
・不法行為法・製造物責任法の適用可能性の整理
・第三者被害に対する事業者の対応方針
こうした内容が盛り込まれることで、契約実務における不確実性が低減され、事業者にとって安心材料となることが期待されます。
◆裁判実務への影響
研究会の成果として取りまとめられる責任論や準則は、ソフトローであって「法」そのものではないため、裁判官の判断を拘束するものではありません。したがって、研究会での整理がそのまま判決に直結するわけではありません。
もっとも、AIに関する判例がまだ十分に蓄積されていない現段階では、裁判所が過失の有無や注意義務の水準を判断する際に、参考資料の一つとして参照される可能性があることは否定できません。特に、事業者が研究会やガイドラインで示された注意事項を遵守していた場合、それが「合理的配慮を尽くした」との主張を補強する根拠となり得ます。
したがって、研究会の成果は拘束力を持つルールではないものの、実務上は「行動規範」や「社会的期待水準」として機能し、訴訟における立証活動や和解交渉に間接的な影響を及ぼす可能性があると考えられます。
研究会の成果は単なる学術的整理にとどまらず、
・リスクベースの責任配分
・準則としての実務的ガイドライン
・裁判実務への波及効果
という点で、日本のAI責任法制の実務を大きく方向付けることになると考えられます。
3. 事業者への影響
今回の研究会で整理されるであろう民事責任の枠組みは、事業者にとって実務的に大きな影響をもたらすと考えられます。
―契約実務の変化
研究会での議論を踏まえれば、事業者間契約における責任分配条項は、より具体的かつ透明性のあるものへと変化していきます。AI開発者・提供者・利用者それぞれがどの範囲までリスクを負担するかを明文化しなければ、紛争時に不利な立場に置かれる可能性が高まります。
―コンプライアンス・ガバナンスの強化
AI事業者ガイドラインで示された以下の要素は、今後ますます事業者に求められる水準となります。
・安全性の確保(人命・財産への配慮)
・透明性(説明可能性や情報提供)
・アカウンタビリティ(責任者の明示、文書化)
ガイドラインを遵守しない事業者は、事故時に過失を問われやすくなるだけでなく、社会的信用の低下にも直結する可能性があります。
―事故発生時の対応
AI利用における事故が発生した場合、記録の保存や説明可能性の確保が不可欠です。
・どのようなデータで学習させたか
・どのようなリスク管理を行っていたか
・利用者にどのような説明をしていたか
これらを文書化し、事後的に立証できる体制がなければ、事業者は「合理的な注意を尽くしていた」と主張することが困難になります。
―イノベーションへの影響
規制や責任ルールの整備は一見「足かせ」に見えますが、責任の所在が明確になることで萎縮効果を和らげ、むしろ安心してAIを導入できる環境を整える効果が期待されます。
4.国際的視点を考慮する必要性
今回の研究会の議論は、事業者のAI利活用に対し、一定の影響を与え、利用促進を促しことになることは、否定するところではありません。しかし現在の各企業の事業の多くは、国内で完結するわけではなく、海外にも波及しています。
そこで事業者への利用促進を促すという観点からは、決して国内法だけでなく、海外の法制度の状況も考慮する必要があります。
特に、2024年5月に欧州理事会で採択・成立したEU AI規則(AI Act)を無視することはできません。
―EU AI規則の概要
・2024年5月に欧州理事会で採択・成立した世界初の包括的AI規制法
・AIシステムの開発・流通・利用の全過程に適用
・人権保護、透明性、信頼性、イノベーション促進を目的とした規範
・EU域内に拠点がなくても、EU市場でAIを提供・利用すれば適用対象となる 域外適用 の仕組みを持つ
EU AI規則の全文は2025年3月に、公益社団法人著作権情報センター(CRIC)が、井奈波朋子弁護士の翻訳による全文日本語訳を公表しています。
日本企業が注意すべき点等については、本ブログで2025年4月8日に、記事を投稿していますのでご参照ください。
今回の研究会でまとめられる民事責任の整理は、あくまで日本国内の事故処理や被害者救済を円滑化することを目的としています。しかし実際の事業活動は国境を越えて行われるため、国内基準と国際基準の双方を踏まえたコンプライアンス体制が不可欠です。ぜひ研究会においても、海外法の状況も考慮した議論を行って欲しいと思います。
「AI利活用における民事責任」の議論は、単なる法律論にとどまらず、日本企業の競争力や社会全体のAI受容性を左右する重要テーマです。
経産省の研究会は、AI事業者ガイドラインの実効性を高めるとともに、民事責任の解釈を明確にすることで、企業・消費者双方にとっての予測可能性と安心感を提供しようとしています。
今後、準則の策定や判例法理との相互作用を通じて、AI社会にふさわしい責任のルール形成が進むでしょう。事業者にとっては、ガイドライン遵守・契約実務の見直し・記録管理の徹底が喫緊の課題であり、同時にAI活用の追い風にもなると考えられます。
※本記載は投稿日現在の法律・情報に基づいた記載となっております。また記載には誤り等がないよう細心の注意を払っておりますが、誤植、不正確な内容等により閲覧者等がトラブル、損失、損害を受けた場合でも、執筆者並びに当事務所は一切責任を負いません。
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