【鉄道ブログ】27,000Kmの旅日記004/最北の鉄道・宗谷本線編(4)


週末は、法務以外のお話も少し書いて行ききます。前回までは こちら から

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 「稚内駅」が日本最北端の駅となったのは、戦後のことである。歴史を遡ってみると、終戦直後は、樺太からの引き上げ者が乗って来る船を迎え入れるため、港まで850m北の桟橋まで線路が伸び「稚内桟橋駅」が機能していた。その前はと言うと、戦前は日本の施政権が及んでいた南樺太に鉄道が走っており、鉄道省樺太東線の「古屯駅」が日本最北端の駅であった。  ざっと見積もっても「稚内駅」は太平洋戦争後75年以上、最北端の駅の地位を守ってきたのだ。しかし今、その地位が揺らいでいる。昨今、地方の路線には常に存廃の議論がついてまわっているが、ここ稚内にも、宗谷本線にも存廃議論は及んでいるのだ。

 近年JR北海道は経営合理化のため、様々な施策を打ち出しており、昨年(平成30年)4月には、一定の利用客数が見込まれない路線・駅について、廃止を前提に、周辺自治体と協議を行う旨を発表した。宗谷本線のうち旭川駅ー名寄駅間については条件付きではあるが、当面維持する方針が示されたものの、名寄駅ー稚内駅間については、「”安全な鉄道サービス”を持続的に維持するための費用を確保できない線区」として、協議対象のリストにラインナップされてしまったのだ。地元自治体は、存続のために頑張っている。

 しかし約20年ほど前までは、稚内駅といえば、札幌までの夜行列車の出発地であり、特急含めそれなりの本数が走っていた。だが今は、稚内駅の時刻表を眺めると一日にわずかな本数しか到着しないその現状に、かなり寂しい気持ちになってくる。

 とりあえず明日、この地から、この駅から南に向かって鉄道にのってみよう。特急よりも鈍行の方が、鉄道旅にはいい。10時27分発名寄行き。どこまで宗谷本線に乗るか決めてはいないが、この時間に乗れば、明日中に旭川までつくことができそうだ。

 せっかく最北の地に来たので、現在日本人が行くことができる最北端の地まで足を運んでみる

ことにした。

 最北端の地・宗谷岬までは、稚内駅からバスが出ている。稚内駅から「浜頓別高校行き」か「音威子府行き」のバスに乗って50分ほど。宗谷湾に面した国道をバスはひた走って行く。

 同乗者は5人ほど、中には外国人の方もいる。12月の稚内。地元の人に聞いても「何でこんな時期に来るのか」というような時期である。5人のうち、3人と私、計4人が「宗谷岬」の停留所でおりた。宗谷岬には先客が3人ほどいた。外国人もいる。

インバウンドおそるべし。海外からの観光客は、日本の最北の地まで来ていたいたのだ。

気温は2度。氷点下ではない。しかしさえぎるものなく、オホーツク海からやってくる風速14mの風が強烈で、顔が切れそうにになる。しかし最北の海の景色は美しい。高台に旧海軍の監視所が残されている。遠くまで良く見える。この北の地は、防衛の要所だったということもよくわかる。

 寒いし何もない。しかし景色は、風景は美しい。ここまで来たかいは十分にあった。

(写真1枚目)日本最北端の地、宗谷岬。晴れていれば北方領土が見えるらしいが……この日は風がものすごく強かった。

(写真2枚目)宗谷岬行くバス。宗谷岬のバス停は”日本最北端のバス停。同路線を走るバスは、もともと平成元年に廃線となった天北線の代替路線。採算性をあげるために、もともとの廃線沿線の行程から、宗谷岬を経由する路線に変更となった。

(写真3枚目)旧海軍の監視所「大岬旧海軍望楼跡」

(4枚目=動画)大岬旧海軍望楼跡の風景。遠くまで見通すことが出来る。

※次回は令和元年10月19日(土)に更新します。 ※平成31年1月分の鉄道輸送統計調査における旅客営業キロの全国合計は27,787.2Km

#鉄道ブログ #電車 #乗り鉄 #北海道 #稚内 #存廃問題 #ロシア

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