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太陽がある限り 明日へ歩いて行ける~LumiUnion(浪江女子発組合)の解散(令和8年4月30日)



令和8年4月29日。LumiUnion(浪江女子発組合)解散した。

”はじまりの町”、グループ結成の地である福島県浪江町。みちの駅なみえ・特設ステージでの解散ライブ。なるほど、終わりを迎えるには、いかにも象徴的な場所だ。

しかし……である。アイドルの解散って、こんなにも哀しく、残念なものかな。48歳ではじめて知った、切なさです。


ribbonも、CoCoも、東京パフォーマンスドールも、モー娘も、AKBも、全部素通りしてきたそんなおいらが、まさかここでハマって、「推し」をするようになるとは思わなかった。

浪江女子発組合。改名してLumiUnion。そしてそのメンバーの播磨かな。


福島県浪江町、東日本大震災、そして原発事故で全町民が避難した町。6年ものあいだ、人が消えた町。町というものが、物理的に存在していながら、機能を停止するという現実は、なかなか想像できるものではない。

2017年、一部避難指示解除のあと、復興へ向けての一つの施策として、浪江町が、近隣の自治体とともに、ももいろクローバーZのライブ誘致が決定。復興への歩みをはじめようとする浪江町を、継続的に”アイドル”を通じて発信して行こうと2019年に結成されたのが、「浪江女子発組合(略称:JA浪江)」でした。

ももクロのあーりんこと佐々木彩夏がプロデュース兼メンバーとなり、事務所の後輩メンバーを集めて結成。

途中コロナ禍もあったりしたのですが、浪江町でライブを行ったり、youtubeで町の復興を発信したり……


おいらは結成当初は、正直あまり注目していなかった、と、いうより当初は正直に言って「原発事故の影響があった危ない場所」というイメージがあり、浪江町まで行こうとは思わなかった。あの頃の報道が作った、あまりにも単純で、あまりにも強固な先入観だ。しかし彼女たちの浪江町からの発信を見ていくうちに、その想いは変わり、度々、浪江町へも足を運ぶようになっていた。


でも現実はどうだろう。

実際に浪江町まで行くと、「復興」何ていうけど、町はまだまだ全然元通りではない。

2万人いた人口は2200人しか戻ってきていない。地元の人にきくと、2200人は、震災後新たに町民になった人も多いらしく、震災前からの住人で、戻ってきたくても戻れない人も多いという。日本には「土着」という言葉があるが、「土着」が失われてしまっているのだ。

しかしそれでも、JA浪江や播磨目当てではあったけど、浪江町にくる度に、町はどんどん変わっていった。

JA浪江が結成されてからの6年間で、町に少しづつお店が増えてきた。「道の駅」がオープンして賑わいの拠点ができた。24時間営業の牛丼屋さんがオープンした。

アイドルの活動が、単なるエンターテインメントにとどまらず、人の流れや関心を生み、町の変化につながっていく。

その変化の様子を、この間しっかりと見てきた。


武道館のステージに立つあーりんが、川原の土手でライブをする。この落差。普通なら成立しない。だが、成立してしまった。

なぜか。

それはそこに、復興を支援するというテーマがあり、その「物語」を伝えようとする活動があったからだ。

そしてその「物語」は、所属グループが解散し行き場がなくなり、それでもアイドルを続けたく参加した播磨かなみたいな、ど根性ストーリーを持つ人間をも引き寄せた。

そんな「物語」の固まりが、見るものを魅了させた。

何度かライブに行くうちに、なぜか、播磨かな、というメンバーが気になりだして。

ステージではコメディエンヌのように場を盛り上げながらも、ふとした瞬間に見せる真面目さ。何より、その明るい笑顔。

気が付いたら、”ソロライブ”に足を運ぶようになり、まさかまさか、”特典会”にも参加するようになり。これまでの人生でアイドルと一緒に写真を撮るなんて、そんなの経験したことなかったですからね。浪江町だけでなく、播磨の出演するライブもあっちへこっちへと行きました。あれも、これも楽しかったなぁ。


だからこそ、思う。いろいろ事情はあるのだろうが。

でもこのグループ、解散させて良かったのか? 復興や地域の掘り起こし、それをアイドルの発信力で広げていく。こんな主題を持ったアイドル、唯一無二でしょ。損得だけじゃなく、もう少しやりようは無かったのか。


最後のライブ、解散ライブは、グループ結成の地、浪江町で。結成当時は存在しなかった。「みちの駅なみえ」でのライブ。

登場と同時に涙を見せていた播磨さん。あのあーりんですら、ライブ中に涙を見せていた。一人一人からのメッセージも悔しさをにじませるものばかり。

できることなら、彼女たちが、納得した上で、彼女たちの決断で解散を迎えさせてあげたかったなぁと。


終演後、町の居酒屋へ。この居酒屋も今年オープンしたばかりとのこと。じょじょに町に灯りが戻ってきているのだ。

しかしここに集まった人も悔しい気持ちの人ばかり。

そしてその後、町の公民館へ。町の人が、集まる場所として開けてくれていた。みんないい感じでお酒を呑んでいるけど、みな寂しさを募らせていて。


しかしそれでも、昨日のライブも、これまで過ごした時間も、とてもとても楽しいものでした。たぶんこれから、こんなにアイドルにはまるということは無いだろうな。

播磨さんどうするんだろ。あなたはとても魅力的な人だ。できることなら、どんな形でもいいから表現者を続けて欲しいな、と思ったり。



<例え何百キロと離れても 忘れることはない あの景色を

 涙はいつか 太陽が乾かし 輝く海に帰る

 

 太陽がある限り 明日へ歩いて行ける

 空も 海も 君が いつも 迷わぬように澄み渡る

 大丈夫 見上げれば きっと道は続いてく

 どんな ときも 駆け出してく未来へ


 時が巡る度に 見つけてゆく

 負けないで 手をつなぎ

 ナミエの〇(わ) ひろげよう>

(「なみえのわ」)


楽しい日々をありがとうございました。

この景色、忘れることはありません



大丈夫 見上げれば きっと道は続いてく……


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