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執筆者の写真那住行政書士事務所

【行政情報】遺言書制度の法改正:デジタル時代に対応した新たな制度の在り方

 皆さんは「遺言書」と聞いて、どのようなイメージをお持ちでしょうか?遺言書は、相続におけるトラブルを未然に防ぐための重要な手段ですが、手続きが複雑で費用がかかるというイメージを持たれている方も多いかもしれません。近年、私たちの生活は急速にデジタル化が進んでいます。遺言書制度もこの変化に対応し、デジタル技術を活用することで、より利便性が増し、制度を使いやすいものにできる可能性があります。

 現在、法務省では「法制審議会-民法(遺言関係)部会」を中心に、「遺言制度の法改正」について議論が進められています。本記事では、「遺言書制度の法改正」について、具体的な背景や議論内容を解説します。


 

遺言書制度の現状と課題

 まず、現在の遺言書制度の現状について簡単にご説明したいと思います。


遺言書の種類

 現在、「民法」で定められている遺言書の種類は、いくつか種類がありますが、代表的なものとして以下の3つがあります。それぞれの特徴と利点、課題を見てみましょう。

  1. 自筆証書遺言 本人が手書きで作成する遺言書です。手軽に作成できる一方で、形式的な不備により無効となるリスクが高いという課題があります。近年、「法務局による保管制度」が導入され、法務局で遺言書を預けられるようになりましたが、相続実務の場面では使い勝手が悪いなど問題も多くあります。

  2. 公正証書遺言 公証人が関与し、公証役場で作成される遺言書です。信頼性が高く、家庭裁判所での検認が不要ですが、手続きに費用がかかるため、敷居が高いと感じる方も少なくありません。

  3. 秘密証書遺言 内容を秘密にして公証人に証明を受ける方式ですが、現在ではあまり利用されていないのが実情です。

これらの制度のいずれも、現代のデジタル社会に対応しきれていない点が指摘されています。特に、偽造や紛失のリスク、手続きの煩雑さ、費用面の負担が大きな課題となっています。


 

法改正の背景と目的

 現在すすめられている法改正に向けた議論の背景には、急速な社会のデジタル化があります。日常生活の多くがオンラインで行えるようになった一方で、遺言書制度は依然として紙中心の運用にとどまっています。このギャップを埋めるべく、2023年度には「デジタル技術を活用した遺言制度の在り方に関する研究会」が開催され、報告書がまとめられました。

この報告書では、以下のような新しい遺言制度の可能性が提示されました。


デジタル遺言書の導入

  • 紙ではなく、電子データとして遺言書を作成し、オンライン上で保管する仕組み。

  • 安全性や利便性が向上し、作成者と相続人の双方にメリットがある。

本人確認の強化

  • マイナンバーカードや生体認証(指紋・顔認証など)を利用して、遺言書の真正性を確保。

手続きの簡便化

  • 公証役場に足を運ばず、オンライン上で手続きを完結させる仕組み。


これらの提案は、遺言制度をより使いやすくするだけでなく、相続を巡る争いを減らし、安心して遺言書を活用できる環境を目指しています。


 

「法制審議会民法(遺言関係)部会」の議論内容


 2024年、法務省の「法制審議会民法(遺言関係)部会」では、遺言制度の見直しに関する議論が進められています。この部会では、デジタル化をはじめとした現代社会の変化に対応する新たな遺言制度の在り方が検討されており、2024年10月までに6回の会議が開催されました。それぞれの会議でどのような内容が議論されたのか、以下にご紹介します。

(2024年11月29日現在、議事録が公開されているのは第3回会議までとなります。第4回会議以降の内容については、議事録が公開されたあと、あらためて、本ブログでご紹介します。)


第1回会議(2024年4月16日開催)

主な議論内容:

  • 研究会報告書を基にした検討の方向性 2023年度に開催された「デジタル技術を活用した遺言制度の在り方に関する研究会」の報告書を基に、部会の今後の議論の方向性が示されました。

  • 現行制度の課題整理 紙媒体中心の現行制度について、偽造・紛失のリスクや法的な無効事例の多発、手続きの煩雑さが課題として挙げられました。

  • デジタル遺言書の基礎的議論 デジタル遺言書の導入に際し、法的な位置づけや本人確認の手法、保管方法などの基本的な問題が議論されました。

配布資料:


第2回会議(2024年5月14日開催)

主な議論内容:

  • 本人確認の強化策 デジタル遺言書作成時における本人確認の具体的手法として、マイナンバーカードや生体認証の活用が提案されました。

  • データ改ざん防止の技術検討 ブロックチェーン技術を活用した改ざん防止策が初めて議論されました。

  • 法務局の役割 遺言書の保管や管理について、法務局が果たす役割や運用体制の強化が話し合われました。

配布資料:


第3回会議(2024年6月25日開催)

主な議論内容:

  • デジタル遺言書の作成手続き 具体的な作成プロセスについて、オンラインシステムでの操作性やセキュリティ要件が議論されました。

  • 異議申し立て手続き デジタル遺言書に異議が出された場合の対応方法について、迅速性と公正性の両立が課題として挙げられました。

  • 高齢者対応の方策 デジタルに不慣れな高齢者へのサポート体制として、窓口対応や家族・代理人の関与のあり方が検討されました。

配布資料:


第4回会議(2024年7月30日開催)

主な議論内容:

  • 紙とデジタルの共存策 紙媒体の遺言書とデジタル遺言書を併存させる際の運用ルールが議論されました。特に、両者が矛盾する場合の優先順位が重要視されました。

  • 費用負担の軽減 デジタル遺言書を導入することで、公正証書遺言に比べて費用を抑える仕組みについて具体的な提案が出されました。

  • 参考事例の検討 海外のデジタル遺言書制度の運用事例(例えばエストニアやオーストラリア)をもとに、日本に適した制度設計が議論されました。

配布資料:


第5回会議(2024年10月1日開催)

主な議論内容:

  • 遺言執行者の選任ルール デジタル遺言書における遺言執行者の選任方法や責任範囲が話し合われました。

  • セキュリティの強化策 ハッキングや不正アクセスに対する具体的なセキュリティ対策(暗号化技術など)が議論されました。

  • 相続トラブルの予防策 デジタル遺言書が普及することで予測される新たなトラブル(データの解釈問題など)に対する防止策が検討されました。

配布資料:


第6回会議(2024年10月29日開催)

主な議論内容:

  • 最終的な制度設計案の確認 デジタル遺言書の具体的な運用案が提示され、参加者全体で意見が共有されました。

  • 施行スケジュールの検討 法改正後の施行スケジュールや周知期間について、現実的なタイムラインが議論されました。

  • パブリックコメントの募集計画 国民からの意見を広く募集し、最終案に反映させる方針が確認されました。

配布資料:


 

デジタル化によるメリットと課題

 これまでの議論においては「遺言書のデジタル化」について以下の通り、メリットと課題が整理されてきています。


メリット

  • 安全性の向上:紙媒体に比べて改ざんや紛失のリスクが低い。

  • 利便性の向上:オンライン上で手続きを完結できるため、時間や場所を問わない。

  • 普及率の向上:手続きが簡素化されることで、遺言書を作成する人が増える。


課題

  • デジタル格差:高齢者やITスキルに不安のある方にとって、利用が難しい可能性。

  • システムの信頼性:セキュリティの確保が重要であり、データ改ざんやハッキングを防ぐ仕組みが必要。

  • 新旧制度の使い分け:紙とデジタルの両方の制度が並存する中で、どちらを選ぶべきか迷う人が出る可能性。


 

新旧制度の使い分けに関する具体的な課題について


 前述の課題にあげられた内容のうち、私が特に部会において整理して頂きたいと考えるのが、「新旧制度の使い分け」についてです。遺言書のデジタル化を進める上で、特にこの点において整理し問題がおこらないよう制度設計することが重要であると考えます。なおデジタル遺言書に関する事項は、いずれも確定事項ではなく、現在検討されている内容です。(記事をわかりやすくするため、検討中である旨は省いて、記事を進めます。)


1. 紙の遺言書とデジタル遺言書の選択肢が増えることで発生する混乱

 法改正によってデジタル遺言書が導入されると、従来の紙媒体の遺言書とデジタル遺言書の2つの選択肢が存在することになります。この併存状態により、以下のような混乱や課題が予想されます。

  • どちらを選ぶべきか迷う人が増える 特に法律に詳しくない方や高齢者にとって、自分にはどちらの方式が適しているのか判断が難しい場合があります。例えば、デジタル遺言書の利便性は魅力的ですが、IT機器の操作に不安を感じる人は従来の紙の方式を選ぶ可能性が高くなります。

  • 遺言書が両方式で作成された場合の優先順位 同一人物が紙の遺言書とデジタル遺言書をそれぞれ作成した場合、それぞれの内容が矛盾する可能性があります。この際、どちらの遺言書が優先されるのかについて明確なルールが必要です。


2. 相続人が混乱する可能性

  • 複数の遺言書の存在 相続人が遺産を分ける際に、デジタル遺言書と紙の遺言書が同時に存在する場合、どちらを基準に相続を進めるべきか判断に迷う可能性があります。特に、相続人間で利害が対立している場合は、どちらの遺言書が有効かを巡って争いになる恐れがあります。

  • デジタル遺言書の存在を知らない相続人 紙の遺言書は物理的に存在することになりますが、それでも「見つからない」ことがあります。そのような状況において、デジタル遺言書は適切な場所に記録されていない場合や、相続人がその存在を知らない場合、紙の遺言書以上に見つけられないリスクがあります。これにより、遺言書が有効であるにもかかわらず、実際の相続手続きで無視されてしまう可能性があります。


3. 新旧制度の法的運用の違い

  • 法的要件や手続きの違い 紙の遺言書では手書きや押印が必要ですが、デジタル遺言書では電子署名や本人確認技術(例:マイナンバーカードや生体認証)により成立要件が異なります。この違いがあることで、法律に不慣れな方にとって混乱を招く可能性があります。またデジタル遺言書においては、成立要件についてより明確な制度設計をする必要があると考えます。

  • 家庭裁判所での検認手続きの有無 紙の自筆証書遺言では、家庭裁判所での検認が必要ですが、デジタル遺言書では検認が不要とされる可能性が高いです。この違いが、相続手続きにおける法的な扱いの差を生み、どの手続きを踏むべきか迷う場面が生じることがあります。


4. 社会全体の適応期間の必要性

 デジタル遺言書の導入には、国民全体が新しい制度を理解し、使いこなせるようになるまで一定の時間がかかります。改正法施行直後には以下のような現象が起こる可能性があります。

  • 制度移行期間中の誤解やトラブル 法改正後すぐにデジタル遺言書を作成しても、デジタル遺言書に対する争いがおこった際の、判例等判断基準が乏しいなかで、その有効性や利用方法に誤解が生じ、結果的に無効となる事例が増える可能性があります。

  • 法務局や公証役場の対応の過渡期問題 法改正後の一定期間は、紙とデジタルの両方の対応が求められるため、現場での運用が煩雑になることが懸念されます。


5. 国民への周知不足のリスク

 デジタル遺言書の制度が整備されても、国民がその存在や利用方法を知らない場合、実際に活用されるまでに時間がかかります。特に高齢者層に向けた周知活動が不足していると、従来の紙の遺言書を選択する人が多くなり、制度の普及が遅れる可能性があります。


 

課題への対応策

こうした課題に対応するために、部会でより細かい点まで議論すすめて頂く必要があると思います、特に以下の点については、今後より具体的な内容を検討する必要があると考えます。


  1. 新制度の明確なルール作り 紙とデジタルの遺言書が矛盾した場合の優先順位や、両者が併存する場合の法的な取り扱いを明確にすることが求められます。

  2. デジタル遺言書の利便性の周知 特に高齢者や法律に不慣れな人々に向けて、デジタル遺言書の利便性と安全性を積極的に周知するための啓発活動が必要です。

  3. 専門家によるサポート体制の強化 弁護士や行政書士などの専門家が、紙とデジタルのどちらが適しているかをアドバイスしやすい環境を整えるべきです。


 

法改正の意義と私たちの生活への影響

 今回の法改正は、遺言書制度を現代の生活に適応させるだけでなく、相続トラブルの軽減や手続きの簡素化を通じて、国民の安心感を高めるものにしなくてはならないと考えます。

 本ブログでは今後も引き続き、改正情報をおいかけていきたいと思います。

 また、自分や家族の未来を見据え、遺言書作成について検討される方は、ぜひ行政書士等の専門家にご相談ください。


 

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※本記載は投稿日現在の法律・情報に基づいた記載となっております。また記載には誤り等がないよう細心の注意を払っておりますが、誤植、不正確な内容等により閲覧者等がトラブル、損失、損害を受けた場合でも、執筆者並びに当事務所は一切責任を負いません。

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