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NEWS CLIP|気になった法務・政策ニュース|2026年8月29日 from那住行政書士事務所


昨日、横浜市政が大きく動きました。


山中竹春横浜市長が、市職員へのパワーハラスメント問題の責任を取って辞職する意向を正式に表明し、市議会議長に辞職願を提出しました。山中市長自身、「私の言動によって信頼を損ない、市政に混乱を生じさせた」と謝罪しています。

ようやく、です。


この問題については、本欄でも何度か取り上げてきました。第三者調査でパワハラが認定されても続投を表明し、市議会で長時間の説明を重ね、それでも主要会派から辞職を要求され、ついには不信任決議案まで視野に入る。市長が市政を前へ進めるのではなく、市政の側が市長問題への対応に時間と労力を奪われるという、実に馬鹿馬鹿しい状況が続いてきました。


そして昨日、ようやく辞職。


ところが、これで一件落着かと思えば、そうでもありません。次の市長選への立候補について、山中市長は「全くの未定」と述べました。つまり、出直し市長選への出馬を否定しなかったのです。

国政もいろいろ動いています。野党3党の合流問題は、ついに暗礁に乗り上げたようです。


01|山中横浜市長が辞職表明――市政に残したもの

02|出直し市長選への出馬に含み――「けじめ」とは何なのか

03|3党合流頓挫、公明系議員は中道離脱も視野

04|大阪府行政書士会会員を傷害致死容疑で逮捕

05|今年も「24時間テレビ」――チャリティーと「感動」の距離


那住行政書士事務所HP https://www.nazumi-office.com/

01|YOKOHAMA/POLITICS|山中横浜市長が辞職表明――市政に残した「混乱」という負債


山中竹春横浜市長は昨日28日、自身の後援会会合で辞意を伝えた後、市議会議長に辞職願を提出し、午後の記者会見で正式に辞職を表明しました。

後援会会合の会場となっていたのは、横浜・山下町のロイヤルホール。行政書士会事務局の近くにある宴会場で、行政書士会でも良く使う施設です。そんなロイヤルホールがちょっと残念な話題でテレビに出ているのは、何か少しむなしい気持ちになりニュースを見ていました。


山中市長をめぐっては、今年1月、当時の人事部長による内部告発によって問題が表面化しました。その後、弁護士らによる第三者調査が行われ、7月末に公表された報告書では、職員を「ポンコツ」「人間のくず」などと呼んだことや、人事権を背景とした言動など7項目がパワーハラスメントと認定されています。山中市長は調査結果を受け入れ、謝罪しました。

そこまでは、まだ分かります。問題はその後です。


山中市長はパワハラを認めながら、「信頼を回復できるよう努力したい」と続投を表明しました。しかし市議会では、前年の市長選で山中氏を支持した自民、立憲民主、公明の主要3会派までが辞職を要求。辞職しなければ不信任決議案が提出される可能性まで出ていました。


昨日の会見で山中市長自身が認めたように、この一連の問題によって「市政に混乱」が生じました。ここは、さらりと流してはいけないところだと思います。


市長のパワハラ問題が明らかになり、その調査のために人と時間が使われ、市議会では長時間にわたる質疑が行われ、各会派が対応を協議し、記者会見をめぐっても混乱が続く。そして、最後には辞職する。


この数か月間、いったい何だったのでしょう。横浜市役所は、市長個人の名誉回復施設ではありません。約370万人が暮らす巨大都市の行政機関です。子育て、福祉、学校、道路、防災、まちづくり、経済政策、観光、そして来年3月にはGREEN×EXPO 2027も控えています。市長自身も、辞職を判断する際に国際園芸博覧会への影響を考慮したと説明しています。本来なら、そうした仕事に行政組織の力を集中させなければならない。


それが、市長本人のごくごく個人的な問題によって、市役所も議会も報道も、何週間にもわたって「市長は辞めるのか、辞めないのか」に付き合わされました。


政治家の不祥事で私がいつも違和感を覚えるのは、いつの間にか話の主語が「本人」になってしまうことです。反省しているのか。再起できるのか。もう一度チャンスを与えるべきなのか。


しかし、市長という公職について考えるとき、主語は本人ではなく市民であるべきでしょう。


本人が立ち直れるかどうかではなく、その人が市長であり続けることが横浜市民にとって利益になるのか。その一点で判断すればよい。


昨日の辞職表明は、その結論としては当然だったと思います。ただし、私はこれを「潔い決断」と評価する気にはなれません。第三者調査でパワハラが認定された段階で、自ら進退を決する機会はありました。市議会主要会派から辞職を求められた段階でもありました。


最後の最後まで続投を模索し、政治的に行き詰まった末の辞職を、「けじめ」という美しい日本語で包んでしまうのは、少々違うのではないでしょうか。


辞めるという結論だけではなく、なぜここまで時間がかかったのか。そこまで含めて、山中市政の検証が必要です。



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02|YOKOHAMA/ELECTION|それでも出直し選に出るのか――「全くの未定」という言葉の重さ


そして、昨日の会見でもう一つ、どうしても引っかかったことがあります。次の横浜市長選挙への出馬について問われた山中市長は、「全くの未定」と答えました。別の報道でも、今後の進路について「現時点で考えが及んでいない」と繰り返したとされています。つまり、出馬を否定しなかったわけです。


私は、これは非常に違和感があります。今回の辞職は、病気でも任期途中の国政転出でもありません。自らの言動が第三者調査によってパワーハラスメントと認定され、市政を混乱させ、その責任を取るための辞職です。それならば、なぜ直後の選挙への立候補という選択肢が残るのでしょうか。


もちろん法律上は別問題です。


辞職した首長が出直し選挙に立候補すること自体が直ちに禁止されているわけではありません。選挙に出る自由もあり、最終的に判断するのは有権者です。しかし、政治的責任というものは、「法律で禁止されていないからやってよい」という話だけではないでしょう。「責任を取って辞めます。しかし、次の選挙には出るかもしれません」。これでは、いったい何の責任を取ったのか分からない。


辞職届が巨大なリセットボタンになり、いったん押せば、それまでの問題が全部初期化されるわけではありません。しかも出直し選挙となれば、当然、公費も使われます。山中市長の辞職願は28日に提出、受理されており、議長から選挙管理委員会への通知後、公職選挙法に基づいて50日以内に市長選挙が行われることになります。横浜市はこれから、突然の市長選挙に対応しなければなりません。選挙管理委員会は準備を進め、各政党は候補者選定に入り、市職員も新しい市長を迎えることを前提に行政運営を組み立て直すことになる。

そこへ辞職した本人が「やっぱりもう一度、市長をやらせてください」と戻ってくるのであれば、少なくとも相当に説得力のある説明が必要です。


選挙で勝てば禊が済む、という考え方も私は好きではありません。選挙は刑事裁判でも懲戒手続でもありません。候補者の中から誰を首長にするかを決める制度です。そこで最多票を得たことが、過去の行為を遡って適切なものに変えるわけではない。


まして今回、問われているのは市役所内部での職員に対する振る舞いです。人気投票で職場のパワハラ認定が消えるなら、世の中の企業はずいぶん楽でしょう。山中市長は会見で、自身の政策への思いも語っています。やり残したこともあるのでしょう。それ自体は理解できます。しかし政治家には、「自分がやりたい」という思いより優先しなければならないものがあります。


公職への信頼です。


本当に今回の辞職を「けじめ」と考えているのであれば、少なくとも、その意味を自らもう一度考えていただきたい。横浜市長選挙は、山中竹春氏の再起を問うために行われる選挙ではありません。次の横浜を誰に託すのかを決めるための選挙です。ここを取り違えてはいけないと思います。



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03|POLITICS|「野合」の請求書――3党合流は頓挫、公明系は中道離脱まで視野


昨日のNEWS CLIPで、「そもそも何のための合流だったのか」と書きました。わずか一日で、事態はさらに進みました。


立憲民主党の水岡俊一代表は昨日28日、中道改革連合の小川淳也代表、公明党の竹谷とし子代表との3党党首会談で、「中道への組織的な合流はしない」と正式に伝えました。これによって3党合流構想は白紙となりました。立憲側は代替策として、参議院での統一会派結成などを含めた連携を提案しましたが、公明党の西田実仁幹事長は「統一会派は難しい」と拒否しています。


さらに今日の報道では、公明党出身の中道所属議員が、中道改革連合そのものから離脱する方向で検討に入ったと伝えられています。


有権者から見れば、「結局、何をやっているのですか」という話でしょう。もちろん、それぞれの党にはそれぞれ事情があります。立憲民主党には地方組織があり、来春には統一地方選挙がある。全国の地方組織との意見交換では、合流への慎重論や反対論が出ていたことを立憲側自身が説明しています。


一方、公明党側からすれば、立憲が合流しないのであれば前提が崩れたということでしょう。安全保障政策をはじめ政策的な隔たりが残る状態で統一会派だけ組むことに難色を示すのも、それだけを切り取れば筋は通っています。


しかし、だからこそ聞きたくなる。そんな重要な話を、なぜ最初に詰めていなかったのでしょう。政党を一つにしようという話なら、本来、その入口で議論しておくべきことです。

それを十分に整理しないまま「中道勢力を結集する」という大きな看板を掲げ、いざ具体的な合流論になったら地方から反発され、合流を断念したら今度は公明系議員が中道から出ていくかもしれない。


これは「政界再編」という立派な言葉を使うより、選挙を意識して急いで組んだ枠組みが、内部矛盾に耐えられなくなったと見る方が分かりやすい。そもそも、政党は選挙のためだけに存在するものではないはずです。有権者は、自分の一票を政党名にも投じています。その党が安全保障や社会保障、経済、エネルギー、憲法といった問題について何を考え、どんな社会を作ろうとしているのか。それを見て支持する。


ところが政党側が選挙のたびに離れたり、くっついたり、別の看板を掛けたりするのであれば、有権者は何を基準に一票を投じればよいのでしょう。昨日の3党会談後、中道側は「ベストを尽くしたが、残念ながら響かなかった」としています。


しかし「響かなかった」というより、最初から無理のある設計だったのではないか。私はそう思います。選挙で勝つために違いを棚上げして集まり、選挙が終わればその棚から違いが全部落ちてくる。「野合」という言葉は少々きつい。しかし、その言葉を使われたくないのであれば、まず政治家の側が、なぜ一緒になるのかを政策と言葉で説明するしかありません。


看板だけ先に作り、理念をあとから流し込もうとすれば、こうなる。今回の騒動は、その見本のように見えます。



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04|ADMINISTRATIVE SCRIVENER|行政書士会員を傷害致死容疑で逮捕――「信用と品位」は看板ではない


これは同業者として、非常に重いニュースです。


8月27日、大阪府行政書士会の会員が、自ら代表を務める事務所の男性従業員に暴行を加えて死亡させたとして、傷害致死の疑いで逮捕されたと報じられました。

これを受け、日本行政書士会連合会は昨日28日、宮本重則会長名で声明を発表。「仮に報道内容が事実であるとすれば」、行政書士の信用・品位を害し、国民からの信頼を著しく損なうものだとして、深く謝罪しています。


もちろん現段階は逮捕であり、有罪が確定したわけではありません。この点は厳密に区別しなければなりません。その上で、報道されている容疑があまりにも重大です。


行政書士法には、行政書士が信用または品位を害するような行為をしてはならないという趣旨の規律があります。しかし、そんな条文を持ち出す以前の問題でしょう。私たち士業は、依頼者から個人情報や財産情報、ときには人生そのものに関わる事情を預かります。その仕事が成立する土台は、資格証でも事務所の看板でもなく、「この人に任せて大丈夫だ」という社会からの信頼です。


一人の行為で全国の行政書士を語るべきではありません。しかし一人の行為が、資格全体への信頼を傷つけることはある。だからこそ、職業倫理というものは、研修会で聞いて終わる話ではないのだと思います。



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05|TV/SOCIETY|「24時間テレビ」と同い年――チャリティーは必要、でも「感動」は押し売りしなくていい


今日29日から明日30日にかけて、日本テレビ系列で「24時間テレビ49」が放送されます。今年のテーマは「わたしの家族の話~あなたは誰を想う?~」。チャリティーパートナーはSixTONES、山崎育三郎さん、芳根京子さん、チャリティーランナーは星野真里さんです。


実は私、この番組とほぼ同い年です。


私は1977年生まれ。「24時間テレビ」の第1回放送は翌1978年です。子どもの頃から、夏休みの終わりには当たり前のようにテレビに映っていた番組です。ただ、歳を重ねるにつれて、番組の作り方には少々違和感を覚えるようにもなりました。


芸能人が長距離を走り、障害のある人が何かに挑戦し、家族が涙を流し、スタジオも泣く。もちろん一つ一つの企画には、それぞれの事情と意味があるのでしょう。しかし「ここで感動してください」というテレビ側の演出が前に出すぎると、私は少し引いてしまいます。

障害のある人は、誰かを感動させるために生きているわけではありません。


2016年にはNHK Eテレ「バリバラ」が「障害者×感動」という構図そのものを問い、「感動ポルノ」をめぐる議論が大きな話題になりました。障害のある人を「困難を克服して健常者を感動させる存在」として描くことへの批判です。この問題提起には、今でも考えさせられるものがあります。

障害のある人が、普通に笑い、怒り、恋をし、仕事をし、怠けたり失敗したりする。そういう当たり前の人間としてテレビに登場する方が、本当の意味で社会の距離を縮めるのではないでしょうか。


一方で、だから「24時間テレビには意味がない」とまで言うつもりもありません。


番組をきっかけに長年集められてきた寄付金は、福祉車両、障害者スポーツ、子ども支援、環境保護、災害復興などに実際に使われています。現在のチャリティー委員会は公益社団法人として活動し、寄付金はチャリティー事業費に充て、運営経費は日本テレビを含む加盟放送局が負担すると説明しています。ここは評価すべきでしょう。


チャリティーを呼びかけることと、感動を演出することは、本来別の話です。

49年も続いた番組なのですから、「泣かせるチャリティー」からもう一歩進んでもいい。

かわいそうだから募金するのでも、頑張っているから募金するのでもなく、誰もが同じ社会で暮らしているから支える。

そんなチャリティー番組になれば、私はもう少し素直に見ることができる気がします。


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あとがき

8月最後の週末です。


子どもの頃、この土日は夏休みの「最終防衛ライン」でした。

7月にはあれほど長く見えた夏休みが、なぜか8月29日になると猛烈な速度で終わりに向かう。机の上には計算ドリル、読書感想文、自由研究。しかも不思議なことに、どれも少しずつ手を付けてあるので、「まだ間に合う」という希望だけは残っている。

あの根拠のない楽観性は、いったいどこから湧いてきたのでしょう。

大人になると宿題という名前では呼ばれなくなります。

「締切」「提出期限」「回答期限」「月末処理」などと名前を変えて、相変わらずこちらを追いかけてくる。

そして49歳になっても、月末になってから「これは今日やらないとまずいな」と気付くことがある。

どうやら人間、そう簡単には成長しないようです。


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