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NEWS CLIP|気になった法務・政策ニュース|2026年8月27日 from那住行政書士事務所


夏休みも、いよいよ終盤です。


子どもの頃、この時期になると急に時間の流れが速くなったような気がしたものです。7月の終わりには永遠に続くように思えた夏休みが、お盆を過ぎたあたりから突然、残りの日数を意識させられる。8月27日ともなれば、宿題の進み具合によっては、カレンダーを見ること自体が少し怖くなってきます。


大人になれば夏休みの宿題からは解放されますが、締切から解放されるわけではありません。仕事、原稿、申請、返信。「あとでやろう」と思ったものが、音もなく積み上がっていくところは、あの頃とあまり変わらない。


考えてみれば、夏休みの宿題は8月31日になって突然増えるわけではありません。最初からそこにある。ただ、しばらく見ないようにしていただけです。


世の中の課題も、案外そんなものかもしれません。



那住行政書士事務所HP https://www.nazumi-office.com/

01|AI/GOVERNMENT|行政は生成AIをどこまで使うべきか――問われるのは「導入」ではなく、その先


自治体職員向けの情報サイト「ジチタイワークス」に、「生成AIと行政の距離感とは? 日々の業務に気づきを加えるチェックリスト」という記事が掲載されています。



この「距離感」という言葉は、なかなかうまいと思いました。


行政で生成AIを使うという話になると、議論はどうしても両極端に振れます。一方には、「AIを使えば行政は劇的に効率化する」という期待があり、もう一方には、「個人情報が漏れたらどうする」「AIは平気で間違える」という警戒がある。ただ、現実はもう少し先へ進んでいます。


自治体DX推進協議会が2026年6月から7月にかけて全国の自治体を対象に実施した調査では、回答自治体の54.9%が生成AIを「全庁的に活用」しており、一部部署での利用や実証まで含めれば78.2%がすでに活用へ踏み出しています。一方で、最大の課題として82.7%の自治体が挙げたのが「職員のリテラシー不足」でした。

つまり、道具はすでに役所の中へ入っている。ところが、それをどう使うのかという人間側の準備が追いついていない。


ここが今、一番重要なのだと思います。議事録の要約、文書のたたき台、庁内資料の検索、住民向け文章の平易化。生成AIに任せられる行政実務は、かなりあります。職員が定型的な文書を作るために何時間も机に向かっているのであれば、AIを使って30分で済ませ、その分を住民相談や政策立案に使った方がよい。少なくとも私はそう思います。

「AIに仕事を奪われる」という話をする前に、「AIに任せてもよい仕事を、いつまで人間がやり続けるのか」を考えた方がよい段階に来ています。


もちろん、行政だからこそ慎重でなければならない領域もあります。自治体は住所や家族関係、税、福祉など、非常にセンシティブな情報を扱います。将来的にAIが行政判断の補助に使われる場面が増えれば、さらに難しい問題も生まれるでしょう。


しかし、だからといって「AIは危ないので使いません」で終わるわけにもいきません。

結局大切なのは、AIにどこまで任せ、人間がどこで責任を引き受けるのかという線を引くことです。AIが出した答えを誰が確認し、その判断を住民に説明できるのか。行政におけるAI利用では、この説明責任だけは手放してはいけないと思います。


「ジチタイワークス」の記事で紹介されている、10月3日開催「Code for Japan Summit 2026」のテーマも「公共とAI」です。そこでは行政サービスや政策立案、市民協働とAIとの関係が議論されます。主催者が掲げているのは、「AIはもう、実験段階ではありません」という認識です。

まさにその通りでしょう。

「生成AIを導入しました」というプレスリリースそのものには、もう大した意味はありません。


行政DXでは、ときどき「導入」が「成果」に化けます。システムを入れました。アプリを作りました。AIを使い始めました。それで事業評価が一つ埋まる。

しかし、それは成果ではなく、単なるスタートです。

税金を使って導入する以上、最後に聞かれるべきなのは一つです。

「それで、市民にとって何が良くなったのですか」

この問いに答えられて、初めて行政のAI活用は評価されるのだと思います。

02|CONTENTS/POLICY|クールジャパン機構「廃止」へ――失敗を総括しないまま、次の看板を掛けてはいけない


ここ数日、「クールジャパン機構の廃止」が話題になっています。


正式名称は海外需要開拓支援機構。2013年、日本のアニメやゲーム、食、ファッションなどを海外へ売り出していくための官民ファンドとして設立されました。


発想そのものは、決して悪くありません。


むしろ私は、日本のコンテンツを国家戦略として支援することには賛成です。漫画、アニメ、ゲーム、映画、音楽。日本には、国内で思われている以上に世界で戦えるコンテンツがあります。政府も、日本発コンテンツの海外市場規模を2033年までに20兆円へ拡大する目標を掲げています。問題は、理念ではなく結果です。


報道によれば、クールジャパン機構の累積赤字は540億円規模。これまでの投資額は1400億円を超えます。政府は2027年度予算の概算要求を見送り、機構の廃止を含めた統廃合について年内をめどに結論を出す方向とされています。540億円。かなりの金額です。


ところが、そのニュースが出ているまさにその時期に、政府がアニメやゲームなどのコンテンツ産業を支援する新たな「司令塔」となる認可法人の設立を検討していることも報じられました。


文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!」で、大竹まことさんはこれを「失敗したからもう1回別の立ち上げればいいんじゃない?ぐらいな感じに見えちゃう」と評しています。

確かに、そう見えてしまいます。


コンテンツ政策は必要です。むしろ本気でやってほしい。海外展開だけでなく、クリエイターの労働環境、海賊版、生成AI、契約慣行、制作現場への利益還元など、国が取り組むべき課題はいくらでもあります。だからこそ、今までの政策がうまくいかなかったのであれば、いったん立ち止まる必要があります。


どの投資判断を間違えたのか。官民ファンドという仕組み自体に問題があったのか。政策目的と投資収益を同時に追いかけたことに無理があったのか。投資後の監督は十分だったのか。そして、その判断をした人たちは、結果についてどのような責任を負うのか。


こうした話をすっ飛ばして、「では新しい法人を作りましょう」と言われても、納得しろという方が無理でしょう。


行政の失敗には、ときどき不思議な消え方があります。政策が成功すれば、「政府の取り組みの成果」として大々的に発表されます。ところが失敗すると、「社会経済情勢の変化」「想定を超える環境変化」「今後の教訓」といった便利な言葉の中へ、誰の責任なのかが少しずつ溶けていく。そして、しばらくするとよく似た制度が別の名前で登場する。それではいけないと思います。


失敗を認めることと、政策そのものを諦めることは別です。「これが失敗だった。原因はここにあった。だから次はこう変える」そう説明して新しい制度を始めるのであれば、むしろ健全でしょう。


コンテンツを育てる政策は必要です。しかし、コンテンツ政策そのものが必要だからといって、過去の失敗まで免責されるわけではありません。


看板を「クールジャパン」から別の名前に掛け替えても、540億円の赤字まで一緒に消えるわけではないのです。


03|PRIVACY/LAW|改正個人情報保護法――法律ができたところで、企業の仕事は終わらない


7月17日に公布された改正個人情報保護法について、8月26日、個人情報保護委員会で政令・規則等に定める事項の全体像案が審議されました。


法改正のニュースは、国会で法律が成立したところが一番大きく報じられます。

「改正個人情報保護法が成立しました」それでニュースとしては一段落です。


しかし実務をしている側からすると、話はむしろそこから始まります。法律には基本的なルールが書かれています。しかし、企業が日々の業務で迷うのは、もっと細かなところです。この情報を扱うのに本人同意は必要なのか。委託先へ渡してよいのか。安全管理措置はどこまで必要なのか。事故が起きたとき、誰に何を報告するのか。


こうした実務を決めていくのは、政令、規則、ガイドライン、Q&Aです。


だから「施行日が来たら対応しよう」では、少し遅い。そもそも個人情報保護法への対応は、プライバシーポリシーを一枚書き換えて終わる仕事ではありません。会社の中にどんな情報があり、誰が持ち、どこに保存し、誰と共有しているのか。それを把握するところから始まります。


ここが意外に難しい。


「当社では個人情報を適切に管理しています」とホームページには書いてある。しかし、営業部が持っている顧客名簿と総務部が持っている従業員情報、何年も前に作ったExcel、外部サービスへ登録したデータを全部把握している人は誰ですか、と聞くと急に怪しくなる。

プライバシーポリシーは立派でも、共有フォルダの奥には「顧客名簿_最終版_本当に最終.xlsx」が静かに眠っている。


法律の世界と会社の日常には、しばしばこのくらいの距離があります。

だから法改正を機に、一度、自社の情報の流れを棚卸ししてみる。それだけでも意味があります。


法務で大切なのは、文書をきれいに整えることだけではありません。

実態を整えて、その結果として文書も整っている。

本来はその順番なのだと思います。


04|COPYRIGHT/PIRACY|海賊版対策――「削除してください」と追いかけ続けるだけでは終わらない


政府の知的財産戦略本部はこの8月、「インターネット上の海賊版に対する総合的な対策メニュー及び工程表」を更新しました。海賊版との戦いは、なかなか厄介です。


違法サイトを見つけ、削除を求める。しばらくすると別のドメインで復活する。運営者を調べようとすれば海外にいる。サーバーも海外。ようやく一つ止めたと思ったら、よく似たサイトが別の場所に現れる。

権利者側からすれば、ほとんどモグラ叩きです。

しかも、叩いている側は自分の作品を作りながら、その作業もしなければならない。一方、海賊版を運営する側は他人が作った作品を勝手に利用して広告収入を得る。

随分と理不尽なゲームです。

だから海賊版対策は、「違法サイトを見つけて削除させる」という一点だけで考えてはいけないのでしょう。


検索から人が来るのであれば、検索流入を減らす。広告で儲けているのであれば、広告を止める。決済サービスを使っているなら、そこを止める。ドメイン、サーバー、SNS、広告、決済と、海賊版サイトを支えている周辺の仕組みまで含めて対応し、「やっても儲からない」環境を作っていく。


政府が官民の実務者による連絡会議を設け、法執行だけでなく、検索、広告、決済、国際連携などを含めて対策を進めているのは、その意味で当然の方向だと思います。


今日8月27日には、文化審議会著作権分科会の政策小委員会も開催され、海賊版対策について関係団体からのヒアリングが予定されています。


海賊版の問題を語ると、時折、「ネットの自由」とか「文化へのアクセス」といった大きな言葉が持ち出されます。

しかし、少なくとも営利目的の海賊版サイトについては、私はそんなに難しく考える必要はないと思っています。

漫画家が描く。編集者が編集する。出版社が本にする。アニメーターが映像を作る。音楽家が曲を作る。それぞれが仕事をし、そこに時間とお金を投じている。

その完成品を、まったく関係のない人がコピーして客を集め、広告収入を得る。

これは「自由な文化」ではありません。

他人の仕事で勝手に商売をしているだけです。


政府は一方で、日本のコンテンツを海外へ売り出し、成長産業にすると言っています。それなら補助金を配ることだけでなく、作った人にちゃんとお金が戻る市場を守ることにも、本気になってもらわなければ困ります。

クリエイターに「世界で戦ってください」と言いながら、その足元では作品がタダで持っていかれている。

それでは、さすがに戦いようがありません。


05|DIGITAL/PRIVACY|「個人情報だからできません」は、本当に法律のせいなのか


個人情報保護とデータ活用の話になると、どうしても二つの陣営に分かれがちです。

一方には、「AI時代なのだから、もっとデータを使わせるべきだ」という人たちがいる。もう一方には、「個人情報なのだから、利用を広げるべきではない」という人たちがいる。

でも、本来の問題は「使うか、守るか」ではないはずです。

守りながら、どう使うのか。

そこを考えるのが制度の仕事です。


行政には住民のデータがあり、企業には顧客のデータがある。医療機関には診療情報があり、学校には教育に関する情報があります。これらを適切に分析すれば、政策やサービスを改善できる可能性は大きいでしょう。

一方で、データは一度外へ出れば簡単には取り戻せません。氏名を消したから大丈夫だと思っていても、年齢、居住地域、勤務先、行動履歴などを組み合わせれば、誰の情報なのか推測できることもあります。

難しい問題です。


ただ、もう一つ気になることがあります。

行政の世界では、ときどき「個人情報」という言葉が、何もしないための万能カードとして使われることがあります。

「その情報は出せません。個人情報ですから」

「部署間で共有できません。個人情報ですから」

「そのデータは活用できません。個人情報ですから」

そう言われると、何となく納得してしまう。

ところが、本当に法律を調べてみると、必ずしも禁止されていない場合もある。必要な手続を踏めば可能だったり、匿名加工や仮名加工など別の方法があったりする。

法律が「やるな」と言っているのではなく、面倒なのでやらない。

それを法律のせいにするのは、少し違います。

もちろん逆もあります。


「DXです」「AIです」「データドリブンです」と横文字を三つくらい並べれば、何でもデータを集めてよいわけではありません。

技術的にできることと、社会としてやってよいことは違います。

生成AIの発達によって、これから技術的に「できること」はものすごい速度で増えていくでしょう。


だからこそ、「できるかどうか」ではなく、「どういう条件ならやってよいのか」を決める仕事が重要になります。

規制を全部なくせばイノベーションが生まれるわけでもないし、規制を増やせば人が安心するわけでもありません。

守るべきものを守りながら、使えるものは使う。

地味ですが、結局そこへ戻ってくるのだと思います。


あとがき


8月の終わりになると、書店や文房具売り場の景色が少しずつ変わります。

夏休みの自由研究コーナーが小さくなり、その横に来年の手帳やカレンダーが並び始める。

ついこの間、「2026年が始まった」と思っていた気がするのですが、店の中ではもう2027年の予定を書き込む準備が始まっています。


毎年、この光景を見ると少し焦ります。


今年やろうと思っていたことは、どこまでできただろう。

読みたかった本、行きたかった場所、会いたかった人。仕事なら締切が来ますし、メールの返信を忘れていれば誰かが催促してくれます。

でも、こういうものには誰も催促をしてくれません。

だから気が付くと、「今年こそ」と思っていたものが、そのまま翌年の「今年こそ」に引き継がれていく。

来年の手帳を買う前に、今年の手帳をもう一度開いてみる。

8月27日なら、まだ今年は4か月残っています。

4か月「しか」ないのか。

4か月「も」あるのか。


まあ、その判断くらいは、AIに聞かずに自分で決めようと思います。


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