CLIP|気になったニュースと日々のあれこれ|2026年9月15日 from那住行政書士事務所 (035)
更新日:9 時間前


9月15日、火曜日。
昨日の新聞は各紙とも様々な角度で沖縄県知事選を振り返っていました。
沖縄知事に古謝氏 現職に大差 辺野古移設を容認
単に沖縄県政の転換があったというだけでなく、この流れは、今年2月の衆議院議員選挙から続く流れ、いやもっと大きな流れの変容の一環なのかなと。
まあ、各紙、各マスコミ、各SNS様々な分析があると思いますが、私なりの見方を書いてみようかな、と。戦後の左翼政治と、それを描いてきた文学作品を重ねながら、私なりに今回の選挙結果を考えてみようと思います。
01|ELECTION/OKINAWA|勝ち負けではなく、「変容」として読む沖縄知事選
沖縄県知事選挙の結果だけ切り取れば、それは、12年続いた「オール沖縄県政」の終焉であり、辺野古新基地建設に反対してきた勢力の敗北と言えます。しかし、それを単純な「右の勝利、左の敗北」という話だけで理解してよいかといえば、それだけではないのだと思います。
少し視野を広げてみると、2026年2月の衆議院議員総選挙があり、その前後には中道改革連合の結成と急速な解体がありました。2010年代後半に注目された「市民と野党の共闘」だとか「市民連合」なるものも、そのあり方を模索し続けています。一時は既成政党への不満を吸収して躍進したれいわ新選組も、急速に衰退の様相を見せています。
こうしてみると、今回の沖縄県知事選は、単なる一地方選挙ではなく、戦後日本に大きく流れる「左翼の変容」の、ひとつの現在地を示したできことではなかったか、そんなことを考えました。
戦後日本の左翼政治を振り返ると、出発点には明確な「主体」が存在していました。日本共産党があり、日本社会党があり、労働組合があった。そして、それぞれの政党や組織の背後には、社会主義、共産主義、階級闘争といった社会全体を説明する大きな思想が存在していました。
1950年代の日本共産党の「50年問題」や「六全協」も、そうした時代の出来事です。党の混乱や方針転換は、そこに自らの青春や人生を賭けた若者に、自分が信じてきた世界そのもの崩壊を経験させる出来事となりました。そう考えると、戦後の日本の左翼勢力の活動はその出発点から、大きな挫折を内包していたとも言えるのかもしれません。
1959年に発表された倉橋由美子の『パルタイ』には学生運動に本葬する若者の姿が色濃く投影されています。しかし、そこで描かれているのは「党」の正しさや革命への情熱を称揚する世界ではありません。むしろ組織の論理によって個人が規定されていくことへの違和感、政治的な言葉によって人間そのものが類型化されていくことへの嫌悪が前面に出ています。
まだ「党」が政治運動の中心にあった時代に、文学作品においてはすでに「党」という巨大な主体から個人が離れていこうとする姿が描かれているのです。
この『パルタイ』に描かれている姿こそ、戦後の日本の左翼勢力の変容を考える上で、出発点になるのではないかと思います。
その後1964年発表、柴田翔の『されどわれらが日々――』。物語は55年、「六全協」前後を描いています。ここでも「党」は文学の背景にある。登場人物にとって政治思想や党派への参加は、数ある社会問題の一つではない。恋愛や友情、人生そのものと切り離すことのできない問題として描かれます。しかし同時に、そこに描かれているのは革命への希望そのものではなく、信じていた運動が後退した後に残された虚無や喪失、あるいはそうした喪失からの度たちを描いています。
現実社会では「党」をはじめとする「主体」が、それなりのかたまりを見せていた時代から、文学作品の中では、「党」を相対化する視線が描かれていたのです。
1960年代になると、その「主体」の形はより顕著に変化を見せます。
60年安保、新左翼、ベトナム反戦運動、そして1968年から69年にかけての全共闘運動。日本共産党や社会党といった既成左翼政党だけではなく、学生自身が政治の主体として前面に出てくる。(もちろんそれは、党やその他の「団体」が後ろにいたことは前提としてです。)
「党」から「運動」へ。
高橋和巳の『憂鬱なる党派』や『我が解体』、高野悦子の『二十歳の原点』……この時代において政治運動が若者の生そのものに入り込んでいたことが分かります。
しかし、その運動もやがて行き詰まる。
連合赤軍事件、あさま山荘事件、「革命」という言葉そのものが急速に社会的な説得力を失っていく。
後の時代になってからですが、立松和平が『光の雨』で描いたのは、この革命運動が自己崩壊していく姿でした。立松和平がこの小説を書くまでに25年の歳月がかかっています。自己崩壊の様相を昇華するには、それだけの時間が必要だったのかなと思います。
しかしそれでも文学の中には、ここまでは「革命主体」が存在します。党員であれ、学生であれ、革命家であれ、自分たちが社会を変えるという主体意識がそこには多かれ少なかれ描かれています。
ところが、その後の日本文学を見ると、この風景が大きく変わっていきます。村上春樹の『風の歌を聴け』や『ノルウェイの森』に描かれる1960年代末は、もはや革命そのものを中心として描く世界ではない。政治の季節は風景として描かれ、その中を生きた個人の孤独や喪失が前景化していきます。島田雅彦『優しいサヨクのための嬉遊曲』では、「左翼」が「サヨク」ともはやパロディの対象となっている。三田誠広『僕って何』においては、政治活動が戸惑いの象徴となり、その主人公は自らアイデンティティーすら確率できていない。
こうした流れのなかで、左翼活動は「主体」となる塊を徐々に見失いはじめ、しかしその活動は「個人」があつまるかたまりへと変容し、連綿と続いてきていたのでは無いかと思います。
1990年代に入り、その様相はより顕著なものとなります。
政治の世界では、日本社会党という巨大な左翼政党が姿を消し、労働運動も、総評の時代のように政治社会を二分する力を失った。
しかし、政治的な問題意識そのものがなくなったわけではななかった、むしろ、それは細分化されたと言っていいでしょう。
原発、沖縄、基地、ジェンダー、貧困、格差、外国人、人権、環境、労働、家族、性的少数者……。
かつて「社会主義」や「革命」という一つの大きな思想によって束ねられていた問題が、それぞれ独立した「争点」として現れるようになった。
文学の世界でも、目取真俊は『水滴』や『魂込め』 で沖縄描いたり、津村記久子が『ポトスライムの舟』で格差社会を描いたり、金城一紀『GO』で在日コリアン差別を描いたり、描かれる風景は、一つの巨大な思想ではなく、それぞれの「争点」を一人の人間の生として小説へ昇華させたものへと変わっていきます。社会問題が文学から消えたのではない。社会問題そのものが、「個人の生」として描かれるようになってきたのです。
ただその争点の細分化へ突き進んだ結果、政治の世界では、それらを一つの政治勢力として束ねることは難しくなります。
しかしいったん、2010年代に入り、左翼活動(ともはや言っていいかどうかはおいといて)は一瞬広がりを見せます。それは大きな論点が生まれたからです。
2011年の福島第一原発事故後には、従来の左翼政党の支持者だけではない人々が反原発デモに参加しました。2015年の安全保障法制をめぐってはSEALDsが登場し、その後、市民連合を媒介として立憲民主党、共産党、社民党などによる「市民と野党の共闘」が試みられた。しかしその姿ですら、ここではもはや、かつてのように「党」が市民を組織するのではなく、「市民」が特定の争点をめぐって集まり、政党に政策や候補者調整を要求するという形で、勢力の結集が図られました。
党から運動へ。運動から市民へ。戦後左派政治の主体が変化していったと言えるでしょう、
高橋源一郎の『恋する原発』は3.11後の日本を扱い、中村文則の『R帝国』は国家、戦争、情報統制、排外主義への危機感をディストピアとして描いています。村田沙耶香の『コンビニ人間』では、社会の中で「普通」に生きることそのものが問い直される。
これらの作品には、『パルタイ』や『されどわれらが日々――』に存在したような意味での「党」は、ほとんど登場しない。そこにいるのは、貧困の中にいる個人であり、非正規労働者であり、社会的規範に違和感を覚える個人であり……高橋和巳の文学に登場した、自分たちが社会を変えようとする運動の主体はもはやそこには存在していません。現在の文学が描くのは、「社会によって生き方を規定されながら、それでも生きている人間」です。貧困の中で生きる。非正規で働く。外国人として差別を受ける。基地のある島で暮らす。性別によって社会から一定の役割を求められる。問題を「運動」として語るのではなく、その問題の中で生きている一人の人間を描いているのです。
沖縄県知事選挙。オール沖縄は、ある意味でこの戦後左派政治の変容の中から生まれた象徴的な政治運動だったと言えるでしょう。党が率いたわけではないので、一定の保守層も巻き込んだ。つまり「党」ではなく「争点」が人々を結びつけた政治運動でした。しかし、その「争点」も永遠ではない。
東アジアの安全保障環境は大きく変化した。中国の軍事的台頭、台湾海峡をめぐる緊張、北朝鮮の核・ミサイル開発などによって、安全保障をめぐる日本社会の認識も変化している。
同時に、有権者の日常的な関心には、物価、賃金、子育て、観光、産業振興といった問題がある。
辺野古や米軍基地をめぐる問題が消滅したわけではない。しかし、それだけによって幅広い有権者を長期間束ね続けることが難しくなった。何より今、多くの人は「個人」の問題と直面しその解決を求めようとしている。
だとすれば、それはオール沖縄だけの問題ではない。戦後左派全体が直面している問題でもあると言えるのではないでしょうか。中道改革連合の結成と短期間での解体も、同じ流れの中で考えることができるのでは。かつての「保守対革新」という軸が弱まり、「左翼」や「リベラル」という言葉だけでは大きな政治勢力を形成しにくくなった。そこで「中道」という新しい政治的な器を作ろうとした。しかし、異なる歴史を持つ勢力を「中道」という言葉だけで統合することもまた容易ではなかった。
そう考えると、現在起きていることを「左翼の敗北」という一言で説明するのは、おそらく正確ではないのでしょう。かつて左翼が一つの体系として抱えていた問題が、社会全体へ拡散、細分化した社会が、今なのでしょう。
労働者の権利、女性の権利、環境問題、社会保障、格差、少数者の権利。かつて「左翼的」とされた多くの問題は、現在では左右を問わず政治が取り扱わざるを得ない政策課題になっています。その一方で、それらを「革命」や「社会主義」という一つの物語にまとめる力は失われた。
1960年代から文学の中には、党の論理によって個人を説明することへの違和感、組織の言葉では捉えきれない「私」の存在、そうした外側へ向かおうとした存在が描かれていました。それから半世紀以上を経て、文学はそれぞれの問題の中を生きる一人ひとりの人間を描くようになってきています。
そして政治もまた、その「一人ひとり」をどう結びつけるかという問題に直面している。
2026年の沖縄県知事選で見えている景色も、その長い変化の一断面なのかもしれません。もはや主義主張、イデオロギーで人をまとめるのは困難な時代となった。「左翼が負けた」のではなく、「左翼」という言葉で一括することのできた政治の時代そのものが変わった。
党から運動へ。運動から市民へ。そして個人へ。
沖縄選挙選の結果は、少しいろいろなことを考えさせられる結果となりました。2026年の沖縄県知事選挙。その1点から少し、日本の大きな時間の流れを考えてみました。
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