NEWS CLIP|気になった法務・政策ニュース|2026年9月3日 from那住行政書士事務所/【特集】最新の知的財産計画を分析する。
- 那住行政書士事務所

- 7 時間前
- 読了時間: 12分

今日は、本欄を使って昨今の日本の知的財産政策について、様々な方向から分析したいと思います。
ここ数か月、政府から知的財産に関係する文書が次々と出ています。
「知的財産推進計画2026」があり、「骨太の方針2026」があり、さらに8月25日には生成AIと知的財産をめぐるプリンシプル・コードも公表されました。
役所の資料というのは、一つずつ読んでいると眠くなることがあります。ところが何冊か机の上に並べてみると、意外にはっきりと一つの方向を指しているものです。日本政府は、知的財産を「権利を守るための制度」から、「日本がこれから食べていくための資産」へと、本気で位置付け直そうとしているようです。
生成AIを育てたい。コンテンツを海外へ売りたい。クリエイターには適切な対価を戻したい。眠っている著作物はもっと使えるようにしたい。
かなりのスピードで動いている、日本の知財政策を、少し深堀していきます。
01|知財は「守るもの」から「稼ぐ力」へ――知的財産推進計画2026を読む
02|生成AIと著作権――政府が求める「透明性」はどこまで機能するのか
03|コンテンツは日本の基幹産業になった――海外市場20兆円への期待と課題
04|著作物を「使えない」から「使える」へ――変わり始めた著作権制度
05|知財政策は「実行」の段階へ――これからの動きを見ていきたい
那住行政書士事務所HP https://www.nazumi-office.com/
01|INTELLECTUAL PROPERTY/POLICY|知財は「守るもの」から「稼ぐ力」へ――知的財産推進計画2026を読む
政府の「知的財産推進計画2026」を読んでいて、まず感じるのは、知的財産という言葉がキャッチアップする範囲がものすごく広がったなということです。
かつて知財政策といえば、まず特許があり、商標があり、著作権があり、それらをどう保護するかという話が中心でした。もちろん今でも権利保護は重要ですが、2026年の知財計画に登場するのは、それだけではありません。
生成AI、経済安全保障、国際標準、データ、大学、スタートアップ、コンテンツ、クールジャパン、中小企業の知財経営。政府は知的財産を、法律によって与えられた「権利」の話から、企業や国が保有する技術、ノウハウ、ブランド、データ、コンテンツといった「無形資産」の話へと広げています。
その背景には、世界的に無形資産への投資が拡大しているという現実があります。「知的財産推進計画2026」も、知財・無形資産投資が世界の経済成長を牽引しているとの認識を明確にしています。
この方向は妥当だと思います。特許証を額に入れて事務所に飾ったところで売上は増えませんし、著作権を厳重に金庫へしまっておいても一円にもならない。商標だって登録証そのものにブランド価値が宿っているわけではありません。権利は使って初めて経済的な意味を持ちます。
ところが日本では長い間、「どう守るか」という話に比べて、「どう使って稼ぐか」という話がどうにも弱かった。その意味では、知財政策を成長戦略のど真ん中へ持ってこようとしている現在の方向は歓迎したいところです。
ただし、計画を読み進めると、少々心配にもなります。何しろ盛りだくさんです。
AIもコンテンツも、大学もスタートアップも、技術流出も海賊版も、国際標準も地域企業も出てくる。政策メニューとしては豪華なのですが、一つ一つがしっかりと精査されているかどうか。
計画に何項目書いたかではなく、日本企業の利益がどれだけ増えたのか。大学の研究成果からどれだけ事業が生まれたのか。コンテンツを作った人へどれだけ利益が戻ったのか。
「成長戦略を支える知財戦略」を名乗るのであれば、最後はそこを数字で見たい。
立派な計画書を作ることについて、日本の役所は昔からかなり上手です。
問題は、計画書の外側にある現実の方です。
参考:
内閣官房「知的財産推進計画2026」https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/260612/keikaku_all.pdf
内閣官房「知的財産推進計画2026(概要)」https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/260612/keikaku_gaiyo_all.pdf
────────────────────────
02|AI/COPYRIGHT|生成AIと著作権――政府が求める「透明性」はどこまで機能するのか
そして、いま知財政策の中で最も熱を帯びているのが生成AIです。
「知的財産推進計画2026」の策定に向けた意見募集では901件の意見が寄せられました。そのうち「AIと知的財産権」に関するものは408件。ほぼ半分です。これだけでも、この問題が単なるIT政策の一分野ではなくなったことが分かります。
日本としてAI開発では後れを取りたくない。企業にも行政にもAIを使ってもらいたい。その一方で、漫画家やイラストレーター、写真家、作家、音楽家をはじめとする権利者からすれば、自分が苦労して作ったものが巨大なAIモデルの材料になり、そこから新しい商売が生まれているのに、何をどこまで使われたのかさえ分からないという状況には、当然ながら面白くないものがあります。
そこで政府が掲げているのが、AIの発展と知的財産権の保護の両立です。
8月25日に公表された「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード」も、その延長線上にあります。AI事業者に対して、学習データの種類や収集方法、知的財産を保護するための措置などについて透明性を高めることを求める。権利者からの問い合わせへの対応についても考え方を示しています。
問題は、ここからです。
プリンシプル・コードは法律ではありません。強制的な情報開示制度でもなく、違反したら直ちに罰金という仕組みでもない。企業秘密やセキュリティとの兼ね合いもありますから、AI事業者に学習データのすべてを公開させれば済むほど簡単な話でもありません。
だからこそ難しいのです。
開示を厳しく求め過ぎれば、AI開発の競争力を削ぐ可能性がある。一方、事業者側の自主性を尊重し過ぎれば、結局何が変わったのか分からない。透明性という言葉は便利ですが、ガラス張りにも曇りガラスにも同じ看板を掛けられます。
さらに気になるのは、日本だけで完結する話ではないことです。
日本企業が真面目にコードを読み、社内規程を整え、問い合わせ窓口を作り、情報開示の範囲を検討し、そのために人員と費用を投入する。それ自体は望ましいことでしょう。しかし海外の巨大AI事業者が同じ水準で対応しなければ、律義にルールへ向き合った国内企業ほどコストを負担するという、何とも日本らしい結末になりかねません。
ソフトローという仕組みには、技術革新の速さについていける利点があります。
同時に、守らない者にどう向き合うのかという弱点もある。プリンシプル・コードが公表されたこと自体を成果にしてはいけないと思います。半年後、一年後、国内外のAI事業者の情報開示や権利者対応が実際にどう変わったのか。
見るべきものは、コードの文章ではなく、その先にある事業者の行動です。
参考:
内閣官房「知的財産戦略本部」https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/index.html
内閣官房「AI時代の知的財産権検討会(第13回)」https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/ai_kentoukai/gijisidai/dai13/index.html
内閣官房「知的財産推進計画2026」https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/260612/keikaku_all.pdf
────────────────────────
03|CONTENTS/ECONOMY|コンテンツは日本の基幹産業になった――海外市場20兆円への期待と課題
今回の知財計画で、個人的に一番興味深いのはコンテンツ産業の扱いです。
政府資料によれば、日本のコンテンツ産業の国内市場規模は2023年に13.3兆円、海外市場規模は2024年に6.1兆円。政府はついにこれを「いまや我が国の基幹産業」と表現しました。
隔世の感があります。
漫画やアニメやゲームは、長い間「日本文化の魅力」という箱に入れられてきました。やがて「クールジャパン」という名前が付き、海外イベントを開き、外国人が日本のアニメを見て喜んでいる映像が流れる。もちろん文化政策としてはそれでもよかったのでしょう。
しかし、いま政府が言っているのは文化交流の話ではありません。
産業政策です。
政府は日本発コンテンツの海外市場規模を2033年までに20兆円へ拡大する目標を掲げています。これは期待したい。
人口が減り、国内市場が縮んでいく日本にとって、国境を越えて売れる知的財産は極めて貴重です。しかもコンテンツには、一つのヒットが別の消費を連れてくるという特徴があります。
アニメを見た人が原作を読む。ゲームをした人が音楽を聴く。キャラクターの商品を買う。作品の舞台となった日本を訪れる。そこで食事をし、ホテルに泊まり、また別の日本文化に触れる。
鉄を一トン輸出しても、その鉄に感動した外国人が日本旅行へ来ることは、まあ、あまりないでしょう。
コンテンツにはそれがある。
だから日本の成長戦略として、この分野に期待すること自体は当然だと思います。
しかし、ここにも一つ大きな落とし穴があります。
市場規模が膨らむことと、作品を作っている人が豊かになることは別問題です。
政府自身も、デジタルプラットフォームなどにおける著作物の利用状況や契約条件を踏まえ、「デジタル時代に対応した適切な対価還元」の具体策を検討するとしています。
これは裏返せば、現状では十分な対価還元が実現しているとは言い切れない、ということでしょう。
世界中で日本の作品が見られ、市場規模は何兆円になった。配信プラットフォームは成長し、IPビジネスも巨大になった。それなのに、作品を生み出す現場では長時間労働と低収入に苦しんでいる。
そんなことになれば、「基幹産業」という言葉が随分と寒々しく聞こえます。
海外市場20兆円を目指すなら、20兆円という数字の大きさだけではなく、その金がどう流れたのかを見る必要があります。
制作会社にいくら残ったのか。漫画家やアニメーター、脚本家、音楽家にいくら戻ったのか。次の作品へどれだけ再投資されたのか。
ヒット作が一本出るたびに「日本のコンテンツは世界で人気」と喜ぶ段階は、そろそろ卒業していいでしょう。
人気があることは分かりました。これから聞きたいのは、「それで、きちんと稼げていますか」という話です。
参考:
内閣官房「知的財産推進計画2026」https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/260612/keikaku_all.pdf
内閣官房「知的財産推進計画2026(概要)」https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/260612/keikaku_gaiyo_all.pdf
内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2026」https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2026/decision0721.html
────────────────────────
04|COPYRIGHT/SYSTEM|著作物を「使えない」から「使える」へ――変わり始めた著作権制度
一方、著作権行政では、今年4月から「未管理著作物裁定制度」が始まりました。
これは、著作物を利用したいのに、権利者が利用についての意思を示しておらず、許諾を得ることができない場合に、文化庁長官の裁定と補償金の支払いによって、一定期間その著作物を適法に利用できるようにする制度です。
従来の裁定制度は、「権利者が誰なのか分からない」「探しても所在が分からない」というケースが中心でした。新制度では、権利者そのものは分かっていても、利用条件や連絡先などが公表されておらず、許諾を得られない場合も射程に入ってきます。
これと並行して、権利情報を探しやすくする仕組みの整備も進められています。
著作権制度というと、とかく「無断利用をどう防ぐか」という議論になりがちです。しかし、誰にも使われず倉庫や書庫やハードディスクの中で眠り続けることが、作品にとって幸福なのかという別の問題もあります。
古い写真や文章、映像、地域資料などは特にそうでしょう。
使いたい人がいる。
しかし権利処理ができない。
だから使わない。
この繰り返しで作品そのものが忘れられていくのであれば、著作権制度が文化の流通を止める栓になってしまいます。
権利者を守りながら、使いたい人には適法なルートを用意する。
言葉にすれば簡単ですが、著作権行政の難しさは昔からほとんどここにあります。
未管理著作物裁定制度が、その詰まりをどこまで取り除けるのか。制度が始まった以上、今度は実際の利用件数や手続負担を見ていく必要があります。
参考:
文化庁「未管理著作物裁定制度」https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/chosakukensha_fumei/tyosakubutsu/
────────────────────────
05|IP POLICY/PERSPECTIVE|知財政策は「実行」の段階へ――これからの動きを見ていきたい
こうして政府文書を何本か続けて読んでみると、日本の知財政策が向かおうとしている方向は、かなり分かりやすくなってきました。
知的財産を経済成長へつなげ、AIを育てながら権利者との折り合いをつけ、コンテンツを海外へ売り、そこから得られた利益を創作者へ還元し、さらに権利処理を円滑にして著作物を利用しやすくする。方向として、大きな異論はありません。むしろ期待しています。
だからこそ、これからは政府が新しい会議を立ち上げたとか、立派な報告書をまとめたとか、ガイドラインを公表したとか、そういうニュースだけで評価しない方がいい。
行政の世界では、制度が完成した日がいちばん華やかです。大臣が記者会見をし、きれいな概要資料が公表され、ホームページには「新制度がスタートしました」と大きく載る。
ところが政策の本当の成績表が出るのは、そこから何年か経った後です。
生成AIの透明性は実際に高まったのか。海外のAI事業者にも日本のルールは届いたのか。コンテンツの海外市場が成長したとき、その利益は制作現場まで届いたのか。未管理著作物裁定制度は、本当に「使える制度」として定着したのか。そこを継続して見る必要があります。
知的財産を「守るもの」から「日本が稼ぐための資産」へと位置付け直したことは、今回の一連の政策文書から読み取れる大きな変化です。
次の課題は、それを役所の資料の中だけの変化にしないことでしょう。
漫画もアニメも音楽も技術もブランドも、日本にはまだ世界へ売れるものがあります。
問題は、それをどう価値に変えるか。
そして、生まれた価値を誰に戻すか。
知財政策が面白くなるのは、たぶんここからです。
参考:
内閣官房「知的財産戦略本部」https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/index.html
内閣官房「知的財産推進計画2026」https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/260612/keikaku_all.pdf
内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2026」https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2026/decision0721.html
────────────────────────
あとがき
毎日のようにニュースを追いかけていると、世の中はずいぶん速く動いているように見えます。
AIなどはその典型で、半年前の「最新」が、もう昔話になっている。法律や行政は遅いと言われますが、これだけ速く走る技術を相手にすれば、追いつくだけでも大変でしょう。
ただ、速ければいいというものでもありません。
新しい技術が登場すると、どうしても「乗り遅れるな」という話になります。AIもそうでしたし、その前にはDXがあり、さらに前にはIT革命がありました。言葉は次々と新しくなるのですが、人間の暮らしがそのたび革命的に幸福になったかというと、そこは少し首をかしげます。
知的財産についても同じだと思います。
20兆円という数字は大きいし、AIという言葉には未来感がある。
けれども結局、その先にいるのは人間です。
絵を描く人がいて、文章を書く人がいて、曲を作る人がいる。研究室で技術を生み出す人がいて、小さな会社で商品を考えている人がいる。
政策が本当に守るべき「知的財産」は、登録証やデータベースの中にだけあるわけではありません。
そういう人たちが、「また次のものを作ろう」と思える社会をつくれるか。
結局のところ、知財政策の成否は案外そんなところに表れるのではないかと思います。
#法務通信 #NEWSCLIP #知的財産 #知財政策 #知的財産推進計画2026 #生成AI #AIと著作権 #著作権 #コンテンツ産業 #クリエイター支援 #未管理著作物裁定制度 #クールジャパン #行政情報 #行政書士
那住行政書士事務所
法と実務で、あなたの歩みを支えます。
〒225-0024 横浜市青葉区市ヶ尾町1050-1 エルドマーニ20 701
お問い合わせ TEL:045-654-2334 メール nazumi@nazumi-office.com
電話受付 9:30〜18:30(不定休)




コメント