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執筆者の写真那住行政書士事務所

不条理の果ての『幸福の可能性』(令和6年10月4日)


年に何日か忘れられない一日がある。おいらにとっては10月4日がそんな一日であって。


とは言っても、毎年ちゃんと10月4日を意識しているわけではない。

気が付いたら10月4日が過ぎていた年。

何となくあのころの仲間と集まっていたら10月4日だった年。

ネットの誰かの書き込みで10月4日に気が付いた年。


ちょうど20年目だからということもあり、今年の10月4日は、何か月前から集まろうかと話をしていた。場所は神楽坂にある居酒屋満月。N先輩、Oさん、T君、あの頃の仲間と集まって、あの頃よく行った店で一杯呑んだ。


もう20年の月日が経つ。


恩師、文藝評論家・小笠原賢ニ先生が、58歳という若さで、癌との闘いの果てに旅立ったのは2004年10月4日のことだった。


20世紀の終わり、おいらは小笠原先生と出会った。法政大学文学部日本文学科・小笠原ゼミナール。現代日本文学の探求をしたく、そして文学というものに憧憬を抱き、その道があるのであればそこで生きて行きたいと考えていた、当時のおいらにとって、小笠原先生のゼミは非常に魅力的なゼミだった。扱う作家が多岐に渡っていたこともあったが、何より、小笠原先生から伺う様々な話が、非常に面白かった。

大学の教室でのゼミももちろん興味深かったのだが、ゼミが終わったあと、神楽坂の満月などで聞く話は、その何倍も興味深いものだった。

小笠原先生は教壇に立つ前、書評紙の編集者だった。満月での”授業”は、編集者としての仕事通じて出逢った、様々な作家たちの話をきかせてくれた。


小笠原先生の批評は、いずれも鋭く、そしていつもブレなかった。当時は「忖度」なんて言葉は、そんなに巷で聞く単語ではなかったが、先生の評論には一切「忖度」なんてもんは無かった。だから”大御所”と言われる作家であっても、疑問に感じる点はどうどうと批評していた。

故に、学生たちにも厳しい先生だったかもしれない。ゼミでの討論では厳しいつっこみが入ったし、卒論の口頭試問では自分自身で論が弱いと思っていた部分には、全部チェックがついていた。


そんなことを思い出しながら、仲間たちと酒を呑んだ10月4日。


とは言っても、交わす会話はたわいもないことばかり。


あいつ元気?

あの女の子今何してるんだろ?

誰と誰が付き合ってたよね?

今、何やってんの?

血圧? 血糖値? 尿酸値? ……


でもそんな会話の途中で、今は、少なくともおいらは、ちょっと遠くに置いてしまった、文学の話ができるのが、そんな話をしながらお酒を呑める時間が無性に楽しくて。


癌と闘うことになってからの小笠原先生の生き様も、おいらたちには衝撃を与えた。誰かが決めた”余命”に、堂々と抗い、その闘う様を、東京新聞のエッセイに記した。その生き様はしっかりと目に焼き付いた。

最後にお会いしたのは2004年8月25日。立川病院にて。少しの間だったが、いろいろお話ができた。そしてご著書に署名を頂いた。


小笠原先生の最後の評論集は、没後、刊行された。あとがきを読むと、病院のベッドで最後までこの本を編纂されていたことが伺える。最後の最後まで文学者であったのだ。書籍のタイトルは『幸福の可能性』。時代の中で、その人生の中で不条理を文学に昇華させた作家たちを、その文学への評論をまとめた一冊だ。小笠原先生の人生もまさに不条理との闘いだった。しかしその闘いに対し、その決着として『幸福の可能性』というタイトルを最後に掲げた。


<吹き荒れる螺旋の風よ階段よ真っ直ぐ生きてゆかんと思う>


小笠原先生の葬儀でお経を唱えてくれた、僧侶で歌人の、福島泰樹先生が、小笠原先生を追悼し詠んでくれた歌だ。


文藝評論家・小笠原賢ニが、令和の時代に生きていたら、今の文学の状況を、今の世の中の状況を、どう論じていたのかな、と。

北海道・増毛から金の卵として東京に出てきて、昭和の時代を生き抜き、平成、そして21世紀へと移る時代を、鋭く論じ続けた小笠原先生。

福島先生が詠んでくれたように、複雑な時代の中、文学に、世の中に、真っ直ぐに接し対峙し、生きた、小笠原先生。


20年の月日が経ち、そこそこの年齢になった不肖の弟子たちは、果たして、真っ直ぐ生きていくことが出来ていますかね。


どうですか、先生。


それぞれ文学からは少し距離を置いた場所で生きています。真っ直ぐ生きているかどうか、自信はありませんが、その気持ちだけは持ち続けて、生きたいな、と。でも、難しいね。


改めて、献杯。




 

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「行政書士・特定行政書士 那住史郎のブログというかそんなようなもの/法務通信」



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