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【鉄道ブログ】27,000Kmの旅日記014/最北の鉄道・宗谷本線編(14・完結編

忙しさにかまけて、更新がものすごく空いてしまいました。宗谷本線編完結編です。

前回までは こちら から


……


14時33分、宗谷本線・快速「なよろ8号」は名寄駅を出発した。ここまでは各駅停車だったが、ここからは快速。いくつかの駅は飛ばして電車は進む。快速「なよろ」は旭川ー名寄間を走る快速列車だ。この区間、昭和の時代は「ピヤシリ」「すずいし」など様々な名称の快速列車が走っていたが、平成に入り「なよろ」統一された。平成12年のダイヤ改正以後は、一日4往復が走っている。「和寒」と書いて「わっさむ」駅を出るとすぐ、塩狩駅を通過する。この塩狩駅の周辺が「塩狩峠」だ。



三浦綾子の小説「塩狩峠」(1968年)は、この宗谷本線で1909年に発生した鉄道事故を題材にしている。自らを犠牲にして大勢の命を救った鉄道職員。三浦綾子はこの地に泊まり、取材をしてこの小説を執筆したそうだ。


なよろ8号が、大きな駅に止まった。稚内からここまでで一番立派な駅舎かもしれない。「比布」とかいて「ひっぷ」駅。とても立派できれいだと思ったら、この駅舎は2016年に新しく出来た駅舎らしい。後ほど改めて書くが、北海道の駅は、どんどん無くなるばかりである。だからこうしてリニューアル去れる駅があるのは

嬉しい限りだ。この駅は「ひっぷ」ということで発音が似ている「ピップエレキバン」のCM撮影が行われたこともあったのだとか。CMには「僕、北比布」「そんじゃあ、私は南比布だもん」と言って「北比布駅」「南比布駅」に向かって歩き出すというものだったらしいが、この旅の時点2017年の段階では両駅とも健在だったが、残念ながら2021年、両駅とも廃止になってしまった。


宗谷本線はほとんど山の中を、あるいは雪原の

中を走ってきた。しかし比布駅を出てしばらく経つと、「街」が車窓にうつってくるようになる。北永山駅、永山駅、そして新旭川駅、旭川四条駅と電車は進み、ついに宗谷本線は終点、旭川駅にたどりついた。午前10時27分、稚内駅を出発してから約6時間の鉄道旅であった。


こんな言い方をすると旭川の人に失礼だが、旭川、大きな街じゃないか。旭川駅、立派な駅じゃないか!!


……


この旅の記録は2017年12月の旅の記録である。この後、もっと北海道の鉄道旅にでかけようと思ったのだが、ご存じの通り、コロナ禍の世の中になったしまった。そしてその影響もあるのか、2020年、宗谷本線の多くの駅が廃駅となったしまった。北海道の路線はあちらこちらで廃線が議論されている。まさか留萌本線の全廃が決定されるなんて夢にも思っていなかった。

鉄道は地域と地域を結ぶ、環境に優しい交通手段である。バスよりも多くの人を運ぶことができ、それゆえ鉄路には災害等、いざという時の避難手段にもなりうる。鉄道があることで人が足を運び、地域の活性化にもつなげることも、手段によっては可能である。経済合理性だけで判断し、どんどん廃線にしていけば、鉄路が届かなくなった地域は廃れていくだけであり、いずれ遺棄されることもあるかもしれない。ただ単に「利用者」「売上」だけでなく、もう少し、大きな視点で鉄道の存廃を考えてほしいと思う。



おいらも……おいら自身も、鉄道にのって、鉄道について考える必要があるかもしれない。北の最果てから、ここ旭川まで鉄道に乗ってやってきた。ならば、南の果てまで目指してみるか……鉄道にのって日本縦断。まだ行ったことないところたくさんあるもんな。


「日本を鉄道に乗って縦断してみたい!」

できるかな? やってみよう、少しづつだけど、やってみようかな。


宗谷本線編はここで終わりですが……鉄道ブログ続けていきたいと思います。


※この投稿は平成30年12月に現地へ行った際の記録、撮影した写真です。

※平成31年1月分の鉄道輸送統計調査における旅客営業キロの全国合計は27,787.2Km


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